ナント大学・在外研究レポート
- 教職員
- 新田泰文先生 理学部第二部数学科准教授
1. はじめに
理学部第二部数学科の新田泰文と申します。2023年の9月から2024年の1月末までの5ヶ月間、2023年度の在外研究員に採用されフランスのナント大学の研究所Laboratoire de Mathématiques Jean Lerayで在外研究をしてきました。本稿ではそのご報告をいたします。この度の滞在につきましては、援助して下さった本学と快く背中を押して下さった理学部第二部数学科の先生方にこの場をお借りして再度感謝申し上げます。私は微分幾何学の中でも特にKähler幾何学という一分野を研究していますが、今回はその分野の第一人者であるVestislav Apostolov先生の下を訪れ、一緒に研究をさせて頂くことになりました。
2. ナントという街
今回私が滞在したナントはフランスの西部ブルターニュ地方にあるロワール川沿いに位置する都市で、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏の首府となっています。また、ロワール=アトランティック県県庁所在地でもあります。16世紀末にアンリ4世によりナントの勅令が出された歴史を持つ街と言うと、ご存じの方もおられるかもしれません。ナントはフランス第6位の都市と言われていますが、人口は30万人程でそれほど大きい都市という印象は受けません。フランスと言えばパリのような華やかな街を連想する方もおられるかもしれませんが、ナントはそういう印象ではなくむしろ穏やかで落ち着いた街だという感想を持ちました。自然が豊かで住みやすい街としても有名で、フランス人の住みたい街ランキングでは度々上位となっている程です。また、ナントは現代アートの街としても有名で、街のあちこちで現代アートの作品が見られます。街のシンボルにもなっている巨大な機械仕掛けの象には大変圧倒されました。歴史と現代アート、そして数学に囲まれて5ヶ月間ナントを過ごしました。
3. ナント大学
冒頭でも述べましたが、今回私が滞在したのはナント大学のLaboratoire de Mathématiques Jean Leray(LMJL)という研究所です。ナント大学はナントで学生数約33000人を擁する、フランス第2位の公立大学だと言われています。ブルターニュ公フランソワ2世時代の1460年に創立された大学ですが、実はフランス革命によって一時廃止されたという歴史を持っています。その後、1962年に再建されたそうです。LMJLはナント大学にある数学の研究所で、5つの研究グループにより構成されています。今回私は幾何学と大域解析学の研究グループに加わり研究活動を行いました。
4. ナント大学での研究生活
ナントではApostolov先生の研究室にオフィススペースをいただいて共同研究を行いました。Apostolov先生と研究室を共有するということで、初めのうちはお互いに気を遣うことも多かったのですが、彼の朗らかなお人柄のおかげですぐに居心地の良い空間になりました。(Apostolov先生にとってもそうであったと切に願います……)さて、我々数学者は常日頃から実験を行うわけでもなく研究にたくさんの人間が必要なわけでもありません。(そうでない方もたくさんおられるとは思いますが)では我々はどういう風に共同研究を行うのでしょうか?ここでは私とApostolov先生との共同研究の進め方をご紹介したいと思います。共同研究は基本的に朝二人がオフィスに揃った時点で始まります。大抵はどちらか話すことのある方の問いかけから議論が始まり、そのままお昼頃まで議論が続きます。その後昼食を食べて、それからは午前の議論や自分の考えをまとめる等、各々の作業に没頭します。一日の作業は概ねこれで終わりです。次の日は、前日の議論がまとまりきらなければその続きから、終わっていたら新しい問いかけからまた議論が始まります。私のナント滞在中、二人が揃う日はほぼずっとこれを続けていました。どちらからも問いかけが無い日というのはほとんど無かったと思います。同じ部屋にオフィスを構えることで、目の前に共同研究者がいるためいつでも議論を開始することができ、大変効率よく研究を進めすることが可能となりました。(もっとも、Apostolov先生にそういう意図があったのかどうかは知りません)
共同研究の議論の他にも、LMJLの幾何学グループではSéminaire de Géométrieというセミナーが定期的に開催され、私もそれに毎回参加していました。セミナーにはヨーロッパの各地から様々な研究者が訪れ、毎回最新の研究成果が報告されました。私もそのセミナーで講演をさせていただき、そこでたくさんの有益なコメントをいただきました。
普段大学にいると日々の業務に忙殺されがちですが,在外研究では研究にまとまった時間を取ることができます。これにより私は研究が大いに捗りました。また、このことが研究者としていかに大切なことか再確認することができました。
5. ナントでの生活
ここでナントでの日常生活を少し振り返ってみることにします。ナントの街並みに目を向けてみると、交通網が非常に発達した街であることに気付きます。街の至る所をトラムとバスが走っており、ほとんどの場所にこれらを乗って行くことができます。また、トラムとバスはmticketという共通のチケットで乗ることができますが、これはスマートフォンのアプリで購入・管理をすることが可能です。アプリでバスやトラムの交通状況を調べることもできるので、mticket周りのことがスマートフォンで完結する便利な設計になっています。ただし、ストライキによりたびたび止まってしまうのはフランスならではと言ったところでしょうか……トラムはナントの都市景観の計画とともに整備されたそうで、街並みとの調和が取れていてとても美しいです。以下の写真はブルターニュ公爵城から見下ろしたナントの風景ですが、私が大好きなナントの写真の一つです。
次にフランスでの食生活を振り返ってみることにします。出発前から期待していた通り、フランスでの食生活は大変充実していました。とても美味しいお店が多いし種類も多かったです。ただし、日本と比べると少しお金がかかりがちなところは玉に瑕でしょうか。個人的なお気に入りはナントで初めて食べたムール貝です。お鍋に大量に盛られたムール貝を見て、その豪快さにすぐに好きになってしまいました。レストランでディナーを食べるのも良いですが、バケットにチーズを挟んで食べるだけでも十分に美味しいです。それにハムとワインがあればもう十分に豪勢な気分になれました。また、ナントでは日本の食べ物をたくさん見ることができました。街の規模から比較するとパリよりもずっとたくさんあったのではないでしょうか。私が見ただけでも、いわゆる和食屋の他に寿司屋、ラーメン屋、居酒屋等を見つけることができました。寿司屋とラーメン屋は特に多くどこも繁盛していましたね。フランスでたこ焼きを見た時はさすがに驚きました……この話題と関連して、ナントではマンガやアニメグッズのお店、ユニクロ等、日本と関係の深いお店もたくさん見かけました。Île de Versaillesという日本庭園さながらの庭園を見ることもでき、ナントに居ながら日本を身近に感じることができました。
6. おわりに
終わってみればあっという間の5ヶ月間でしたが、研究も大いに捗り生活面も充実した大変素晴らしい滞在になりました。これも私の滞在を快く引き受けて下さったApostolov先生と快適な研究環境を提供して下さったナント大学のおかげであり、心より感謝します。
最後に、私の今回の滞在について印象に残ったことを一つ述べておきたいと思います。私は過去にも海外渡航経験があり、それらはどれも素晴らしいものでしたが、滞在中は日本の仲間達と自由に連絡を取るのが難しく孤独を感じることが多いものでした。今回の滞在では、メールや特にSNSを通じてたくさんの同僚や時には学生から連絡があり孤独を感じることが全くありませんでした。また、日本の大学の様子を感じ取ることも容易になったと感じます。月並みな感想ではありますが地球が狭くなったと思いました。SNSの普及については様々な問題が取り沙汰されますが、この点に関しては大変良かったと思いますし、様々な人にとって海外渡航へのハードルが低くなると思います。滞在中、頻繁に私の相手をしてくださった同僚の先生方や学生達には改めて深く感謝したいと思います。
本稿を読んでくださっている皆様も、機会があれば是非海外へ出てみることをお勧めします。私にとってナントは素晴らしい所でしたが皆さんにはまた別の新天地があるかもしれません。そこで、新たな出会いや発見があるものと私は確信します。