東京理科大学 TOKYO UNIVERSITY OF SCIENCE

創域理工学部 理工学研究科

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火災で逃げ遅れる人をうまないために―国際火災科学専攻 水野雅之教授に聞く―

水野先生は様々な分野の知見や技術を取り入れながら、どうすれば火災時に人がより迅速に避難し、命を守ることができるかを研究しています。どのような分野との繋がりがあるのか、「創域的」な研究内容についてお聞きしました。

東京理科大学は火災の研究において長い歴史があり、これまで様々な研究成果をあげてきたとともに、多くの有力な火災研究者を輩出してきました。創域理工学研究科に設置された国際火災科学専攻は、国内の大学で唯一、火災に特化した大学院であり、物理現象としての火災から、人間の避難・行動、建築物の防災、都市や法律のあり方など、様々な側面から火災の教育研究に取り組んでいます。

同専攻に所属し、火災時の人間行動・避難安全を専門とする水野教授は、様々な分野の知見や技術を取り入れながら、どうすれば火災時に人がより迅速に避難し、命を守ることができるかを考えてきました。水野教授の研究を知ると、火災の研究がいかに様々な分野とつながっているか、つまり「創域的」分野であるかが見えてきます。

水野 雅之(みずの まさゆき) 1998年 東京理科大学理工学部建築学科卒業、2003年 同大学院理工学研究科建築学専攻 博士後期課程修了。東京理科大学総合研究所(現・総合研究院)助手、同大総合研究機構 講師、同大学院 国際火災科学研究科 講師(兼任)を経て,2013年に准教授。2018年 改組により、同大学院理工学研究科 国際火災科学専攻准教授。2024年度より現職。

火災時の人間行動・避難安全について様々な切り口から研究する

――先生のご研究の概要を教えてください。

私は火災について研究しています。一言で火災の研究といっても、物理現象の研究や、建物の防災の研究など、いろんなテーマがありますが、私は特に、火災時の人間行動・避難安全について考える研究をしています。

例えば車椅子に乗っている方や足が不自由な方は、一般の人に比べて火災時に避難するのが簡単ではありません。階段で逃げることは困難な場合が多いでしょう。そこで「水平避難」という考え方が重要になります。つまり、防火戸を設けることで同じフロア内の空間を火災の影響から分けられるようにして、火事が発生しても、防火戸の反対側に行けばとりあえず安全を確保できるようにすることです。ただ、廊下を防火戸で仕切るとなると、防火戸はそれなりに大きくなり、それはそれで車椅子の方にとっては、自分で開閉して通り抜けるのが困難になります。では、どうすればいいか。そういったことが例えば一つの研究テーマになります。

この例は、火災時の人間行動・避難安全という研究の中でも特に「災害弱者の避難手段の研究」に入ります。人間行動・避難安全の研究の中にはその他に「都市空間における広域避難リスクを分析する研究」、「各種施設からの避難誘導技術の研究」、「建物の防災安全を評価する技術の研究」、「火災で生じるガス(燃焼生成ガス)を分析する研究」があり、私はそれらのいずれかに関わるテーマについて、研究を進めてきました。

――「災害弱者の避難手段を考える研究」以外のテーマでは、具体的にはどのような内容の研究があるのですか。

例えば「各種施設からの避難誘導技術の研究」で最近取り組んだものでは、地下街で火災が起きたときに、デジタルサイネージ(=普段広告が表示されている大きなモニター)を活用して人々を避難誘導させられるかの分析を、VR空間を使った実験で試みるという研究があります。地下街で火災が起きたとき、避難経路をデジタルサイネージで表示して人々を誘導できれば望ましいですが、そのような実験を実際の地下街で行うのは困難です。そこで、デジタル空間内に地下街を再現し、VRによる避難シミュレーターを構築し、被験者にVR空間内で避難してもらう実験を行いました。そうしたところ、地下街にいる人の密度や移動速度の違いによって、被験者の避難行動が影響を受けることがわかりました。また、デジタルサイネージによる指示表示によって途中まで降下する防火シャッターの下をくぐって水平避難してもらえることを確認しました。このようなVR技術による知見を蓄積することで、火災時の効果的な避難誘導の方法を作っていくことが可能であると考えています。

また、「燃焼生成ガスを分析する研究」の例で言えば、火災時に作動させるスプリンクラーの効果や影響について検討した研究があります。グループホームなどの小規模な施設にもスプリンクラーがついていますが、必ずしもそれだけで火災の火を消せない場合もあり、スプリンクラーが作動している中を人が逃げないといけないケースが想定されます。私は一度、木材クリブと言って、キャンプファイヤーをする時みたいに木材を井桁状に組み上げて火をつけて、これをスプリンクラーで消すという実験に立ち会ったことがあるのですが、その時、すごく煙が目に染みたんですよね。そこで、水をかける時に出てくるガスや粒子の影響かもしれないと考えて、実験を行いました。そして、材料の違いなどによってどのような生成ガスが出てくるのかを分析しました。中にはポリプロピレンのように散水によって激しく燃焼して極端に周囲の酸素濃度が低下する挙動などを確認しました。

わずかな煙から人が亡くなった火災事故からわかったこと

――火災時の避難に関する研究といっても、いろんな学問分野が関係してきそうですね。

そうなんです。火災というのは本当に様々な研究分野とつながっています。車椅子の人が防火戸のある場所をどう効率よく避難できるかを考える研究は、人間工学が関係しますし、VR避難シミュレーターを使った実験の場合は情報科学の知見が必要です。また、燃焼生成ガスの分析について言えば化学です。

私の所属は、大学院の創域理工学研究科 国際火災科学専攻で、直結する学科はありません。つまり、様々な学科出身の学生がそれぞれのアプローチで火災について研究するために、本専攻に進んできます。私の研究室には、これまでも電気電子情報工学科、先端化学科、先端物理学科、数理科学科といった学科出身の学生がおり、それぞれの学生のバックグラウンドから様々なテーマが生まれ、それが私たちの研究室の研究成果となっています。火災という領域の広がりの大きさを示していると言えるかもしれません。

――火災は、人間にとってずっと昔から身近なものなので、ある程度研究され尽くしているのではないかという印象を持っていたのですが、まだまだわかってないことは多いのでしょうか。

わかってないことはたくさんあります。例えば最近では、こんな火災事故が神戸市でありました。古い木造のアパートの部屋で火災が起きて、その2軒隣の住戸の人が亡くなったんです。結論から言えば、天井裏が小さい開口部でつながっていて、そこから2軒隣の部屋に煙が入っていったのが原因でした。天井には住宅用火災警報器(住警器)がついているので、煙が入ったら感知して警報が鳴るはずと思うかもしれませんが、こうした装置は、実は煙に一定の流れがないと感知できないんです。中規模の模型を作ってそれを燃やし、実際の状況を再現してみたところ、煙は天井裏に入ったら、暖かい煙層とその下の空気層にきれいに分かれた状態になりました。天井裏が煙で充満するような状態になると思っていたので私にとって新しい発見でした。そして天井裏の煙層が天井面まで下がった時に2軒隣の部屋の中へと入っていったのですが、その煙の一酸化炭素濃度は5%を超えるものすごく高くなっていて、ほんの少し流れ込んだだけなのですが、寝ていた方はそれを吸い、その後動けなくなって亡くなってしまいました。

――そんな恐ろしい煙が入ってきても住警器は反応せず、しかも、ほんの少し吸っただけで意識を失い、最悪死に至ってしまうとは……。

消防局の方がその事故について、これはサイレントキラーだ、つまり、煙が来ずにCOだけが来た、だから住警器が鳴らなかったというようなことをおっしゃっていたのですが、私はそうではないと考えました。そんなことが起こるとすれば煙だけ捕集するフィルターの作用をする部分が存在したはずだと。そこで実験をして、実際に煙も入ってくるけど、住警器が鳴らないことを確認しました。冬場の外の冷たい気温によって窓ガラス近くの室内空気が冷やされて下に流れる「コールドドラフト」という現象によって天井付近の煙やガスが下に運ばれたことも実験で確認でき、何が起こったのかがわかってきました。一言で火災と言っても、実際に起こっている現象は複雑です。こうして実験することによって初めてわかることがいまも多くあるんです。

異なる分野の研究者の目で、火災の多様な側面を可視化する

――火災の研究にはとてもいろんな分野が関わってくることがお話しから理解できました。その意味で、水野先生のご研究はすでに「創域」という側面が大きいように感じていますが、改めて「創域」というコンセプトについて、先生の思いを聞かせてください。

これまでお話ししてきた研究はいずれも私の研究室の学生とともに行ったものですが、他の分野の先生との共同研究として進めていれば、さらに高い研究成果が得られた可能性があると感じています。そういう意味でも、「創域」というコンセプトのもと異分野の教員や学生が融合して共同研究を進めていこうという創域理工学部の方針には大賛成です。

私たちは現状まだ、そのような形での共同研究は行っていませんが、創域理工学部が実施する「創域の芽プロジェクト」――異なる学科・専攻所属の2つ以上の研究室が参画する教育・研究施策を支援するプロジェクト――に採択されている研究が一つあります。その研究は、総務省消防庁が管理する「火災報告データ」を様々な学科の先生方と一緒に見て、新たなデータ活用方法を開発しようというものです。このデータには、実際に起きた火災の一例一例について、どういった建物で起きた火災で、火元は何でどれぐらい燃えたか、消防設備は何がついていてどれが作動したか、といった詳細な情報がまとめられています。それを専門分野の異なる方の目で見ると、同じデータからでも見えることや思いつく分析方法は違ってくるんです。経営システム工学科、電気電子情報工学科、建築学科、社会基盤工学科、といった学科の先生方にとともにこのプロジェクトを進めていて、例えば社会基盤工学科の先生は、都市の計測技術を専門にされていて、火災と風速の関係について注目してくださっています。そのようにそれぞれの先生方の専門を生かした分析をいろいろ進めていきたいと思っています。

――複数の専門家の知見が重なることによって、火災の様々な側面が可視化されていきそうですね。このように複数の学科の先生がともに一つの研究を進めていくという流れができたのは、やはり創域理工学部ができたことが関係しているのでしょうか。

2017年に、理工学部に横断型コースが始まった時から、そういう流れができてきたように感じています。横断型コースができて、私たちは人間安全理工学コースを立ち上げたのですが、当時取り組んでいた研究に、消防隊員の熱中症のリスクを調べて、隊員の体温を効果的に下げる方法を探るというものがあります。これは、建築学科で火災の研究をしている大宮喜文先生と始めた研究だったのですが、その後、国際火災科学専攻で運動生理学などを専門に研究されている柳田信也先生や市村志朗先生などにも入ってもらい、さらに、社会基盤工学科で都市空間における熱中症などについて研究している仲吉信人先生にも入ってもらいました。

そのように、学科や専攻の異なる教員同士がともに一つの研究をするということを、普通の選択肢として考えやすくなったのは、やはり、横断型コースというプラットフォームができたことが大きいと感じます。そして理工学部が創域理工学部になったいま、ますますそういう流れは進んでいくだろうと思っています。

すでにわかっていそうなことの中にも、常に新たな発見がある

――火災に特化した専攻があるのは、東京理科大学だけと聞いています。本学にこのように専門領域ができた経緯を教えてください。

東京理科大学の火災研究には長い歴史があります。元々は、関東大震災の罹災によって東京が大きな被害を受けた経験を踏まえて、当時を知る本学の先生方が、都市大火の研究をはじめ様々な火災の研究に取り組んでこられたことが発端となっています。そして1981年に総合研究所(現・総合研究院)が設立されると、当初から火災科学研究部門が作られ、建築学科や化学科で火災を研究する先生方などがさらに研究を重ねていきました。その後、文科省が推進する21世紀COEプログラムに「先導的建築火災安全工学研究の推進拠点」が採択されたことで、2004年に火災科学研究センター(現、火災科学研究所)ができ、大規模な実験棟も建てられました。そうした流れの中で、2010年に国際火災科学専攻が誕生しました。

――すごい歴史があるんですね。火災をテーマに、半世紀近く前からいろんな研究分野の先生方が集まって研究を進めてきたことを考えると、この分野は、ひと際早く創域的な研究スタイルを取り入れてきたとも言えそうですね。

そうかもしれません。本当に、火災というのは、どんな専門の人でも入ってこられる研究分野だと思います。火災は私たちにとって常に身近な脅威であり続けてきた一方で、時代や社会の変化とともに、そのあり方は変わります。研究すべきことはいまも無数にあるので、これからもますます、いろんな専門性を持つ方にこの分野に進んできてもらえたらと思っています。

――最後に、研究職に興味を持っている若い世代や、創域理工学部を目指す高校生に、メッセージをお願いします。

一見すでにわかっていそうなことでも、実験によってそれを証明しようとしたり、理論に基づいてしっかり説明しようとしたりすると、常に新たな気づきや発見があるものです。そのように、自分自身で確かめることを通じて新たなことを見つけていくのが、研究の楽しさだと私は思っています。そういう楽しさを追求していく中で、大事なことが分かっていき、新しい世界が見えてきます。研究に興味ある人には、ぜひそういう楽しさを、実際に研究をすることによって感じてもらえたらと思います。

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