東京理科大学 TOKYO UNIVERSITY OF SCIENCE

創域理工学部 理工学研究科

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数学の中にある美しい構造とその可能性に魅せられて―情報計算科学科 宮本暢子教授に聞く―

宮本教授は組合せデザインを長く研究し、その考え方を深層学習へと応用することを主なテーマに研究を続けています。組合せデザインはどのように現代の先端技術とつながるのかお聞きしました。

「3人で対戦するゲームを、7人で遊ぶことを考える。この時、各プレイヤーが他の全員とちょうど1回ずつ対戦するような組合せを求めたい」。このような、均整やバランスが取れた組合せ構造を考える問題は、離散数学において「組合せデザイン」と呼ばれる分野に含まれます。この分野は、数学的なパズル問題として研究されていたものが、実験計画法(どのような実験を⾏えば効率的に信頼性の⾼い分析結果が得られるかを保証する手法)に活用されるようになり、また、代数学や有限幾何といった数学の分野とも深く関係していることがわかってきて、情報通信分野などの技術に幅広く応用されるようになりました。

宮本教授は、組合せデザインを長く研究し、現在はその考え方を深層学習へと応用することを主なテーマに研究を続けています。組合せデザインはどのように、現代の先端技術とつながるのか。「創域」的な観点も含めて、宮本教授に聞きました。

宮本 暢子(みやもと のぶこ) 1993年 大阪女子大学学芸学部応用数学科卒業、1998年 筑波大学大学院社会工学研究科経営工学専攻博士課程修了。博士(経営工学) 。同年、筑波大学経営政策科学研究科経営システム科学専攻準研究員を務めたのち、1999年から東京理科大学理工学部情報科学科助手。同学科にて助教、講師、准教授を経て、2019年より同教授。2023年より、創域理工学部情報計算学科教授(現職)。

「均整」の取れた構造を見つける学問

――先生のご研究の概要を教えてください。

離散的な(連続でない)数や構造を扱う数学の分野を「離散数学」と言いますが、私は、離散数学の中の、「組合せデザイン理論」と呼ばれる分野を研究しています。組合せデザインとは何かを一言で言うと「ある種の均整が取れた組合せ構造」ということができます。たとえば、次のような問題を考えてみます。

<3人で対戦するゲームを、7人で遊ぶことを考える。この時、各プレイヤーが他の全員とちょうど1回ずつ対戦するような組合せを求めたい>

この問題を数学的にどう捉えればいいかというと、v個の点からk個の点を選び(この場合、7個の点から3個を選ぶ)ブロックと呼ばれる組をいくつか作り、各点がブロックに含まれる回数が一定である、さらに異なる2点が一緒にブロックに含まれる回数が一定である、といった条件を満たすようにしなければなりません。そのような組合せを見つけるための数学的な方法が、代数学や有限幾何に基づいて研究されてきました。この場合の求めるべき組合せは、7人のプレイヤーを{0, 1, 2, 3, 4, 5, 6}とすると次のようになります。

{0, 1, 2}, {0, 3, 4}, {0, 5, 6}, {1, 3 ,5}, {1, 4 ,6}, {2, 3, 6}, {2, 4, 5}

これは、全員が3回ずつゲームに参加し、どの2人も1回ずつ対戦するような、どのプレイヤーにとっても対等な組合せになっています。組合せデザインとは、このような均整な組合せ構造を作るための数学的な方法を考えたり、またはこのような組合せ構造として、どのようなものが考えられるかを研究したりする分野です。

ちなみにこの答えは、ファノ平面と呼ばれる幾何ともきれいに対応します。7人のプレイヤーを7色の●で表すとすると、上で求めた組合せは、下図のような三角形において一つのライン(円も含む)上に位置する3つの点の組合せと同じになります。どの点も3つのラインを通り(=全員3回ずつゲームに参加)、かつ、どの2点も一つのライン上でだけつながっています(=どの2人も1回ずつ対戦する)。

――なるほど、組合せデザインとは、普段私たちが日常の中でも触れることのある、数やモノの配置でのバランス関係の背景にある数学的な意味を探る学問分野ということになりそうですね。この研究はどのように発展してきたのですか。

もともとは、ラテン⽅陣やオイラー⽅陣、魔法陣といった数学的なパズル問題として研究されていたものが、実験計画法、すなわち、どのような実験を⾏えば効率的に信頼性の⾼い分析結果が得られるかを保証する統計学的手法に用いられるようになり、実用的な研究として発展してきました。その過程で、代数学や有限幾何といった数学の分野とも深く関係していることがわかってきて、これらの数学を⽤いて様々な組合せデザインの構成法や存在性等についての研究がなされました。さらに、 情報通信の技術において通信の誤りを訂正するための⼿法など、デジタル社会を支える様々な技術に活かされるようになり、離散数学の一分野として確立されるようになりました。

より少ない検査回数で陽性者を見つけるための「均整」な構造

――組合せデザインの考え方が取り入れられている技術で、わかりやすい例があれば詳しく教えてください。

わかりやすい応用の例としては、「グループテスト」が挙げられます。グループテストとは、集団の中から何らかの検体(例えば、ウィルス陽性者)を見つける際に、一人ひとり個別に検査するのではなく、何人かを一つのグループにまとめて検査をするような方法を指します。

図1

例えば、上図1のように、7人の人がいて、その中に1人だけウィルス陽性者がいることがわかっているとします。この時、一人ひとり個別に血液を検査すれば、陽性者を見つけるには最大7回の検査が必要になります。しかし、グループテストを用いると、より少ない検査で済みます。下記図2のように7人をG1, G2, G3の3つのグループに分け、各グループごとにメンバー全員(G1であれば、S1, S4, S5, S7の4人)の血液を混ぜ、それを検査するとします。

図2

その時の検査結果が、G1=陽性(1), G2=陰性(0), G3=陽性(1)だったとします。すると下記図3から、そのような結果が出るのはS5が陽性の場合だけなので、S5が陽性であるとわかります。つまり、このようにグループを作っておけば、陽性者が誰であっても同様に、3回の検査だけで必ず1人の陽性者を特定することができます。

図3

これは、7人の列ベクトル(=S1であれば(1, 0, 0))がすべて異なるような構造になっているからであり、これは「均整が取れた構造」と言えます。このような構造を見出すのがまさに組合せデザインです。現実の問題はもちろんもっと複雑な場合が多いため、このように簡単にはいきませんが、組合せデザインの考え方はこのように現実の様々な場面に活用できる可能性を持っています。

組合せデザインによって、深層学習をより効率的に行えるようにしたい

――宮本先生が現在、主に取り組んでいるのは、組合せデザインの中でもどのような研究なのでしょうか。

現在は主に、組合せデザインの考え方をAIの深層学習に活用する研究を行っています。

深層学習とは、コンピュータにデータを学ばせる機械学習の手法の一つで、現在、AIを訓練するために広く使われているものですが、この技術には「過学習」という問題があります。過学習とは、データを学習したAIが、その際に使った訓練データに対してはよい結果を返すものの、未知のデータに対しては、期待すべき結果を返せない状態のことです。

過学習を避けるための手法としては、「ドロップアウト法」という方法が考案されています。深層学習の各層において、ノード(=ネットワークを構築する各点)を間引くという方法です。つまり学習に参加するノードを制限する。この方法で過学習を抑制することはできるのですが、従来の方法では、ノードをランダムに間引いています。そこで、組合せデザインの理論を利用して、よりバランスのいい方法で間引けば、より効率よく、かつ効果的に学習させられるのではないかと考えて研究を進めています。

組合せデザインというのはもともと、実験をうまくデザインすることで、より目的に合致した地点に、より効率的に到達しようという発想があります。その考え方を深層学習に応用し、より効果的なドロップアウト法のやり方を示したいと考えています。

――AIの学習には、ものすごいエネルギーが消費されているという話も聞きます。それを効率的に行える方法ができたら、世界への大きな貢献になりそうですね。

可能性としてはそういうところに貢献できたらよいなとは思っていますが、実用化という段階にいくまでにはまだいくつものハードルがある状況です。ドロップアウトのさせ方をデザインする、という理論的な部分に加えて、そのデザインをコードの形にして実際のコンピュータで実験して、有用性を示さなければなりません。そのためには、情報分野を始めいろんな専門分野の方たちの力を借りなければならず、これからそのような方向で動いていこうと考えています。それこそ分野横断・分野融合による「創域」的なアプローチが、これから重要になってきそうです。

学内で高まりを感じる「創域」の流れ

――先生の現在のご活動の中で、創域的な取り組みがありましたら教えてください。

私が現在関わっている創域的な取り組みとしては、数理科学科の青木宏樹先生の研究室との「ダブルラボ」があります。これは、数学の理論的な面を中心に研究される青木先生と、数学をどのように情報技術に活用するかというところに関心を持っている私とで、「数学と情報科学の両方がわかる人材を育成する」ことを目標として進めている、両研究室共同の活動です。この中の実験実習の一つとして昨年度は、学生にQRコードを数学的に作ってもらいました。QRコードは、汚れや傷がついても読み取れるように、誤り訂正能力を高めていますが、そこには数学の符号理論が使われています。そうしたことを、実際にQRコードを計算しながら作っていく中で学ぶことで、両研究室の学生ともそれぞれ、普段とは違う側面から数学を見ることができて、自身の研究に対しても新たな視点を得てくれるのではないかと思っています。創域ということを意識する意味の一つは、そのような点にあると考えています。

――「ダブルラボ」のような取り組みを始めようという流れは、やはり「創域理工学部」になって以来高まっているのでしょうか。

そうですね、横断型コースがスタートしたくらいからでしょうか。学部内で創域の雰囲気というのは高まっていて、教員同士も、学科を超えて互いに話しをする機会が増えたように感じています。そうした中でふと、新しい気づきが生まれて「今度一緒にやってみましょうか」といった流れができることにつながっています。私は横断型コースのDX(デジタルトランスフォーメーション)コースに参画していますが、そのコースを通じて経営システム工学科の先生とお話するようになったり、また、所属する学科の中でも、情報を専門とする先生方と深くディスカッションする機会が増えたりと、これまでになかった融合の空気が醸成されているように感じています。

――創域的な流れの中での学生の意識の変化というのも感じられたりしますか。 

現状では、学生さんたちの意識の変化をはっきり感じているわけではないですが、教員たちが新たなつながりを作っていく中で、学生もまた、新しい研究の可能性を見つけ、自然と意識を変化させていくのではないかと期待しています。実際に、ネットワークを専門に研究される先生のゼミに積極的に参加して、そこで組合せデザインを活かせないかと考えている修士の学生がいて、そうした流れが今後、学科を超えて広がっていくことを期待したいですね。また、2026年4月には、新たに「創域情報学部(※)」が設置される予定で、情報を基盤に置いた創域を目指すこの学部に、我々も参画します。新学部では基礎や応用に拘らず情報技術の様々な分野での利活用を目指し研究する教員・学生同士の間で、さらに創域的なつながりができていくのではないかと思っています。(※)設置計画は予定であり、内容は変更となる場合があります。

数理的に美しい構造が思わぬ対象に適用できる面白さ

――組合せデザインの研究をする面白さはどのようなところにあるのでしょうか。

私は、自分が大学生の時、研究室の先生がこの分野を研究していたことから、組合せデザインの研究をするようになりました。そのころから、この研究の中で出会う数理的な構造のきれいさや、それが思いもかけなかったものに適用できることの魅力や面白さを感じてきました。そうした美しい構造や、それを適用できる対象を発見するということをこれから追求し続けていきたいなと思っています。

――最後に、研究者を目指す若い世代や、この学部を目指す高校生などへ、メッセージをお願いします。

若いころ、特に高校生の段階では、「この分野をやりたい」とはっきり決めている人は決して多くはないだろうと思います。その場合は、ちょっと面白そうだと思うものや、自分の心に響くものなどに出会ったら、特に明確な理由はなくても、その分野に思い切って飛び込んでみたらいいのではないかなと思っています。するときっとその中で、新しい人と出会ったり、ワクワクできるテーマがあったりして、道が開けていくはずです。一方、「将来はこれをやりたい」というのが決まっている人も、いま見えている世界は限られているかもしれません。今後いろんなことを学んだり経験したりすると、進路の希望もどんどん変わっていく可能性があるので、是非視野を広く持って、いろんなことに興味を持っていってもらえたらなと思います。

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