
人間はなぜ音楽を聴くのか。音楽の数学的構造からその本質に迫る―情報計算科学科 大村英史講師に聞く―
私たちは音楽を聞くことで楽しいと感じたり、感情を揺さぶられたりします。いったいそれはなぜなのか。大村英史講師は、音楽の持つその特性についてよりよく理解すべく、研究を続けています。
日本の国土の3分の2を占める森林を持続可能な形でより有効に利用する方法を見出すために、経営システム工学科の伊髙静講師は、様々な研究に取り組んでいます。
日本の国土のおよそ3分の2を占める森林は、私たちの生活の中で大きな役割を果たし、地球環境にも大きな影響を与えています。その森林を持続可能な形でより有効に利用する方法を見出すために、経営システム工学科の伊髙静講師は、様々な研究に取り組んでいます。その研究――森林をより効率的に病害虫から守る手法を確立することや、空撮画像から樹種を判別する方法を見出すこと――について知ると、私たちが森林とともにより豊かに生きていく方法とその可能性が見えてきます。研究の先に伊髙講師が実現したいと考える壮大なプラン、そしてその背景にある講師の経験を含めて、語っていただきました。
伊髙 静(いたか しず) 大学で林学を学んだ後、ドイツのフライブルク大学の修士課程に留学、林学の修士号を取得。アメリカ、ウガンダ、タイといった国々で、森林に関連して、インターンやボランティアに従事、ドイツで木材の輸出業に携わるなどしたのちに、約10年間の海外在留を終えて帰国。2013年、九州大学大学院 生物資源研究科 森林資源科学 博士課程 修了。博士(農学)。九州大学 研究員、統計数理研究所 特任助教、農業・食品産業技術総合研究機構 研究員を経て、2020年より現職。
私の専門は、森林科学です。森林に関してあらゆることを扱う学問で、森林の生物、森林の環境問題、あるいは森林に関わる社会学的な問題など、様々な研究がこの分野に含まれます。その中で私は、森林計画や森林経営という分野に関わっています。この分野は、簡単に言えば「林業を通じていかに儲けるか」を考える研究をしています。つまり、木を何本植えて、いつ間引きして、いつ何本収穫したらどれだけ利益が得られるか、またはそのためにはどこに道を作り、どんな機械を使ったらよいか、といったことを追求する学問です。しかし、金銭的な価値を高めることに注力していたのは1970年代までで、近年は森林生態系サービスとのバランスや、持続可能な森林経営が注目されています。森林生態系サービスとは、我々が日常的に森林から享受する様々なサービスです。よって、実際にはそこから派生した様々な研究テーマがあり得るので、森林のあらゆることを扱う分野になっています。
私は九州大学の博士課程にいたころからこの分野で研究を始めましたが、その時のテーマは、屋久杉の年輪の測定でした。屋久杉の年齢は、幅がゼロコンマ何ミリという狭さなのですが、それを実体顕微鏡で計測して、木の年齢を推定し、木と木の位置関係から、木の動態や、屋久杉がどうやって成長しているかなどを考える研究でした。一方、九州大学から統計数理研究所に移った2017年ごろから継続的に取り組んできたのは、森林における病害虫の拡散予測についての研究です。森林において、病害虫がどのように拡散していくかを予測し、被害の対策を立てやすくすることを目指す研究です。具体的には、「ナラ枯れ」という木を枯死させる伝染病を対象としています。ナラ枯れとは、カシノナガキクイムシという虫が病原菌を伝播することによってナラ類やシイ・カシ類の木が大量に枯死する現象で、私の研究の目的は、その病害虫がどう拡散するかを予測し、その予測を踏まえて、効率的で有効性の高い防除プランを提案する仕組みを構築することです。
研究は大きく3つの段階に分けられます。1つ目は被害木の抽出、すなわち、ドローンの空撮画像から、深層学習の手法などによって被害のある木を抽出する方法を確立することです。2つ目は、被害拡散の予測、すなわち、実際にナラ枯れがあった地域の過去の被害データ、そして気象や地形、樹種に関するデータをもとに機械学習の手法を利用して、被害拡大の要因を分析して、被害拡散予測モデルを構築すること。そして3つ目が防除プランの提案です。つまり、ナラ枯れの予防に利用される「おとり丸太法」(=カシノナガキクイムシを引き寄せるために、おとりの丸太を被害地のそばに設置する方法)において、おとり丸太をどこに設置するとより効果的に防除できるかを、被害拡散の予測をもとに提案する方法を確立します。
ただ、研究を進める中で大切なのは、現場との共同です。森林に関連する研究は、その地域に暮らす人々の生活や仕事とかかわってくるので、その点が研究する上での難しさとなることを改めて感じています。
様々な研究に取り組んでいる中で、いま特に注力しているのは、樹種を判別する技術の研究です。ドローンの空撮画像に機械学習や深層学習の手法を用いて、木の種類を判別しようという試みです。ドローンの専門家の方と一緒に進めている研究で、簡単に言えば、複数の異なるカメラ(RGB、LiDAR、マルチスペクトル)を使って森林を空撮し、得られた情報から様々な植生指数を計算し、樹種ごとに分け、それを学習させることで樹種判別ができる仕組みを作るというものです。画像データから樹種を細かく判別できる汎用的な技術は知る限り現在ありません。そのため、そのような技術を開発したいと考えています。
私たちがいまやろうとしているのは広葉樹の樹種判別です。広葉樹は、市場価値があまりないと重要視されてこなかったのですが、最近カーボンクレジットの仕組みの導入が検討されている中、木のCO₂吸収量に注目が集まっています。広葉樹は生態学的にもCO₂の貯蔵庫としても大きな意味を持っているので、その量や状態を測り、ちゃんと評価することが重要になっています。また、国内には放っておかれた状態の山が多数ありますが、そうした山に貴重な樹種があることがわかれば、有効に使うことができますよね。
現在、岩手県葛巻町の「こいわの森」という場所を主な対象として、この研究を進めています。この森を複数の季節にわたって撮影し、まずはミズナラ、コナラの樹種判別ができるような手法を作り、その後、他の樹種の判別へと拡張していきたいと考えています。葛巻町は林業に力を入れていて、ミズナラ、コナラを薪や炭にしています。そのため、この両樹種の分布や量を知るニーズがすでにあります。さらに、ミズナラやコナラの他にも、例えばイタヤカエデなど非常に高く売れる木がこの森にはあり、そういう貴重な広葉樹の分布もわかれば、森の経済的価値が上がります。そして最終的には、経済的価値のみならず、その森の生態学的な性質までわかるような仕組みを確立させられたら、ということを目標にやっています。
そう思っています。現在、こいわの森の他に、東京理科大学の理窓会記念自然公園(東京理科大学野田キャンパス内にある記念自然公園)でも継続的に撮影をしていて、その両現場のデータが蓄積していっています。最近、「農林水産業みらい基金」という基金から支援していただけることにもなったので、より広範囲の撮影が可能になる固定翼のドローン(通常のドローンはプロペラ機)を購入し、研究をさらに加速させていきたいと考えています。
創域理工学部には、学科や専攻を超えた横断型コースという仕組みがあり、その中の農理工学際連携コースで、私は数年前から、生命生物科学科の朽津和幸教授とともに、理窓会記念自然公園を舞台として継続的に教育活動を行っています。理窓会記念自然公園では、本学の学生たちがすでにサークル活動として、公園の環境をよりよくするために様々な取り組みを行っていて、その流れに加わる形で活動を始めました。
たとえば、当時、運命的なことにちょうど理窓会記念自然公園でナラ枯れが発生しました。そこで、まずはナラ枯れについて知ってもらおうと野外授業をすることから始め、その後、専門家を呼んで防除の方法を習い、木にドリルで穴をあけて殺虫剤を入れるといった作業を、地域の方や学生、職員などが一緒になって進めたりしました。その他、その時々によって様々なテーマで、野外授業や各種活動を年に数回ずつくらい行ってきました。横断型コースは学内のコースですが、理窓会記念自然公園は地域の公園なので、野外授業も各種作業も、誰でも来ても良いというオープンな形にして、地域の方を中心に多くの方に参加してもらっています。とても創域的な活動だと感じています。
私の個人的な思いでもあるのですが、将来的には、理窓会記念自然公園での活動をもっと広げて、「循環型キャンパス」というような構想を実現できたらと考えています。
これは、理窓会記念自然公園や野田キャンパスを含めた広いエリア一体で、エネルギーや物質が循環する仕組みを作るという構想です。たとえば、カフェで出た生ゴミが堆肥となって畑に行き、畑の野菜が今度はカフェに行ったり、また、域内で使われた熱エネルギーがビニールハウスで活用されたり、といったイメージです。最終的には、野田市、流山市も巻き込んだ循環型キャンパスを作れたらと考えていて、最近、野田市や流山市にも相談に行き、分野的に関係のありそうな先生方に声を掛けたりもしています。循環を作ること自体に加えて、学生の学び場としても活かされてほしいという思いもすごくあります。学生たちが主体的にこの環境を活かして、自ら何らかのデータを取り、研究をして卒論にしたり、場合によってはソーシャルビジネスにつなげていったりできるような場を作れたらいいなあと考えています。
海外での経験について少しお話しすると、私は学部を卒業した後にドイツに留学して、林学を学びながらドイツを拠点に様々な国に行きました。そのあとドイツで、木材を輸出する会社に就職し、さらにアメリカで働いたり、またドイツに戻って仕事をしたりと、計10年ほど、海外で生活しました。その後に研究者としての人生が始まりました。
海外の経験がいまの活動にどのくらい活きているかというのはあまり考えたことはなかったですが、ただ自分自身、研究者でありつつも、現場とつながっていたいという気持ちは常にあって、それは自分が世界の様々な現場で働いてきた経験と関係しているのかもしれませんね。研究をするにしても、社会に真に役立つことを研究したいという思いは強いです。学生にも、そのような視点を持って、何を学び研究するかを自ら考えて、4年間を有意義に過ごしてほしいと思っています。
私にとっての研究の一番の面白さは、人と繋がれること、人と一緒に何かできることですね。研究は1人でもできますが、私はできれば、様々な分野の人とつながり、その中で色々な関係が生まれたりすることを楽しみながら進めていきたいですね。あとは調査で現地に行くのはいつも楽しいです。現地に行くとよく想定外のことが起こるんです。去年は、雪はないって聞いていた場所に行ってみたら雪があって、どうしようと、結局、近くのホームセンターでソリを買って、機材を載せてみんなで現場までひいたことがありました(笑)
この間、出張授業で高校へ行ったら、生徒たちの目がすごくキラキラしていました。その様子を見てとても大きな可能性を感じて、やはり若い世代には、ぜひやりたいことをやっていってほしいなって思いました。そのためにも、少しでも興味を持ったことがあれば深掘りし、また、興味あることに対しては、ネットで調べてわかった気になるのではなく、実際に現地に行って現物を見て、その物に触れるということをしてほしい。リアルなものに触れる経験の積み重ねが、きっと人生を動かしていくのだと思います。