「人」と結びつくあらゆる
領域に秘められた
研究の可能性に惹かれた
私が人間工学の道に進んだのは、大学時代に工場などの生産管理・分析を研究する経営工学を学んでいたことがきっかけです。学ぶうちに、作業の効率化や安全性の維持は「人間の機能や特性から導き出されるものである」と気づき、より適用範囲の広い人間工学を学んでみたいと思ったのです。ユーザインタフェースの向上や、事故防止に欠かせない「安全管理」など、よりよい組織経営につながる研究にやりがいを感じ、以来数十年にわたり、さまざまな企業・組織と共同研究を行っています。最初は鉄道や船舶などの運輸業界の安全管理などに携わっていましたが、1990年代に入り、医療事故が多発する時代には病院など医療施設も対象とし、研究領域を拡大していきました。
工学でありながら心の機微
に左右され事象の背景を
探る読解力も求められる
人間工学は一見理系の学問と思われがちですが、人間のパフォーマンスが心理学的要素に左右されること、研究内容によっては対象の社会的・文化的背景を探ることなどから文系の知識も必要になるため、典型的な文理融合の学問だと言えます。例えば、安全管理を研究するにあたり、重要な構成要素の一つに「安全文化」があります。これは安全に対する考え方、認識、組織風土などの総称であり、業界・組織・職種によって違いがあるため、調査項目も対象ごとにふさわしいものを設定しなければなりません。データ解析やモデリング技法など理系の知識や技術を高めるだけでなく、研究対象のこうした背景を読み解く素養も問われる学問なのです。
社会全体にフィールドを
移しより身近で普遍的な
問題にも挑む
現在は、高齢者の職務再設計、高齢者の生活・健康支援のためのツール開発、身障者支援のための眼球注視インタフェースなど、さらに研究領域を拡大。より身近で、社会問題の解決に貢献できるような研究を目指しています。例えば、近い将来、超高齢社会へと突入する日本において、今よりも労働力が減少していくのは自明の理です。したがって、以前なら業種・職種によっては働くのが難しいとされていた年代の労働力も活用せざるを得ない状況です。あるデータでは、40代前後と50代半ばの層では、体力に有意差がないことが示されています。また、1日の労働時間や適性などを鑑みて職務基準を再設定することで、高齢者の新たな雇用の場を生み出せるはずです。
研究から得た知識や経験が
組織をよりよく変える力に
学生の多くは研究者ではなく、企業などの管理職となり、さまざまな経営意思決定、マネジメントに携わります。健全な企業運営のために、さまざまな問題を見出し、解決する必要があるでしょう。そのときに、在学中に学んだ人間工学の考え方、研究手法などを思い出してほしいのです。人間工学は現実に起こっている課題をクリアするための学問です。そのため、卒業研究時には自分で課題を設定し、その解決策を考えるよう学生に促します。問題提起や仮説の提示は骨が折れる作業かもしれませんが、社会に出て課題解決に取り組むうちに、「そういえば、同じプロセスを卒業研究でも経験したな」と気づくはずです。日々研究に励んだ成果は、将来必ず身を結びます。