研究の概要

東京理科大学 創域理工学部 先端化学科の北村 尚斗准教授、石橋 千晶助教、井手本 康教授、東京理科大学大学院 創域理工学研究科 先端化学専攻の松原 暉大学院生(研究当時、2022年度 修士課程修了)、名古屋工業大学 物理工学類の木村 耕治助教、林 好一教授、岡山大学 AI・数理データサイエンスセンターの大林 一平教授、島根大学 材料エネルギー学部 材料エネルギー学科の中島 健助教らの共同研究グループは、中性子・X線全散乱測定(*1)とパーシステントホモロジー(*2)に基づくトポロジー解析によりWadsley–Roth相(*3)のTiNb2O7結晶の原子配列を解析し、負極特性に影響を及ぼす因子を明らかにしました。

近年、車両用リチウムイオン電池の負極材料として、Wadsley–Roth相を形成するTiNb2O7(TNO)に注目が集まっています。TNO結晶中では、リチウムイオンが比較的自由に移動できる空隙があり、高速でのイオン輸送が可能になるため、エネルギー貯蔵材料として非常に有用であると考えられています。一方で、原子配列と負極特性に関する詳細は未解明のままでした。そこで本研究グループは、TNOの構造と負極特性の相関について明らかにすべく、中性子・X線全散乱測定とパーシステントホモロジーに基づくトポロジー解析を行いました。

今回、前処理の異なる3種類の試料TNO(未処理)、TNO(ボールミル処理)、TNO(熱処理)を準備しました。全散乱測定や走査型電子顕微鏡(SEM)などの分析から、ボールミル処理により、粒子サイズが小さくなると同時にネットワーク構造(中距離構造)が乱れることが確認され、熱処理により、その乱れが回復することがわかりました。負極特性に関しては、粒子サイズが小さく、秩序構造を形成しているTNO(熱処理)が初期放電容量、容量維持率ともに最も優れていることが判明しました。パーシステントホモロジーに基づくトポロジー解析の結果から、結晶中の原子が形成する穴(リング)の中でも、4組のイオン対から構成された歪みのないリングがリチウムイオンの移動に寄与していることが明らかとなりました。

本研究は、負極特性と構造の相関を明らかにすると同時に、試料の前処理を最適化することで、結晶のトポロジーを制御できる可能性を示唆しています。中性子・X線全散乱測定とトポロジー解析を組み合わせて中距離構造を評価する手法が、電極特性の向上に有用であることが実証されました。

本研究成果は、2024年12月10日に国際学術誌「NPG Asia Materials」にオンライン掲載されました。

金属酸化物結晶中のネットワーク構造の乱れが電池の負極特性を低下させることを解明~リチウムイオン電池の放電容量と安全性の向上に寄与~

研究の背景

再生可能エネルギーの利用拡大に伴い、エネルギーを安全に貯蔵する技術の進展が急務となっています。リチウムイオン電池(LIB)は、現在のエネルギー貯蔵の主流で、車両などの大型電池への応用が進められています。一方で、LIBの大型化に伴い、発火などの安全面に課題があり、使用される材料の見直しが行われています。負極材料としては、炭素系材料に代わる安全性の高い遷移金属酸化物が注目されています。特に、チタン酸リチウムLTO(Li4Ti5O12)は優れたリチウムイオンの拡散能力を持ち、LTO系材料を負極とするLIBは自動車用の蓄電池として実用化されています。しかし、LTOの理論容量は175 mAh/gであり、炭素系材料の372 mAh/gと比べて大幅に小さいことが課題となっています。

近年、これらの課題を解決する新たな材料として、Wadsley–Roth相酸化物が大きな注目を集めています。Wadsley–Roth相酸化物の1つであるTiNb2O7では、TiO6とNbO6の八面体が頂点を共有したネットワーク構造を形成しています。結晶中に大きな空隙が生じているため、リチウムイオンが容易に移動できると考えられています。また、チタンとニオブの酸化還元反応によって大量のリチウムイオンの挿入・脱離を行うことも可能です。このような特性から、その理論容量は387 mAh/gに達し、炭素系負極材料と同等以上の性能が期待されます。一方で、TiNb2O7の負極特性に影響する原子配列については、未解明な点が多く残されており、これらの体系的な解明を行う必要があります。

そこで本研究グループは、Wadsley–Roth相酸化物のTiNb2O7を研究対象とし、実験的手法と数学的手法を駆使して、原子のネットワーク構造と負極特性の関係を明らかにしようと試みました。

研究結果の詳細

  1. 3種類のTiNb2O7の調製TiO2とNb2O5を混合した後、焼成してTiNb2O7(以下、TNO(未処理))を作製しました。これをボールミルで粉砕したものをTNO(ボールミル処理)とし、さらに650℃で熱処理を加えたものをTNO(熱処理)としました。合成した3種類の試料の粉末X線回折(XRD)測定を行いました。TNO(未処理)はWadsley–Roth相の単一相であることが判明しました。TNO(ボールミル処理)については、TNO(未処理)と同一の相を形成していましたが、ボールミル処理によって結晶構造が乱れた状態になっていることが示唆されました。TNO(熱処理)については、結晶構造自体に大きな変化は見られませんでしたが、ボールミル処理によって乱れた結晶構造が、熱処理により回復することが明らかとなりました。走査型電子顕微鏡(SEM)により、TNO(ボールミル処理)とTNO(熱処理)の粒子サイズはどちらもボールミル処理前よりも小さくなっており、2つの試料間で結晶性のみが異なることも明らかとなりました。
  2. 電気化学特性の評価調製した3種類のTNOの電気化学特性の評価を行いました。TNO(未処理)については、優れた初期放電容量(約260 mAh/g)を示しましたが、充電・放電のサイクル数の増加に伴い、容量が大きく低下していくことがわかりました。TNO(ボールミル処理)については、粒子サイズが小さくなったことで容量維持率が向上しましたが、初期放電容量はTNO(未処理)よりも大幅に低下しました。TNO(熱処理)は、優れた容量維持率を示し、3種類の試料の中で最も高い初期放電容量(約270 mAh/g)を記録しました。これらの結果から、TNOの電気化学特性は前処理方法によって大きく異なり、原子配列のわずかな変化が電気化学特性に影響を与えることが示唆されました。
  3. 中性子・X線全散乱測定とトポロジー解析原子配列をより深く理解するために、中性子・X線全散乱データを用いた逆モンテカルロモデリング(RMCモデリング)により、TNOの3次元原子配列を構築しました。その結果、試料間で空隙の体積にはほとんど違いがありませんでしたが、TNO(ボールミル処理)では空隙が大きく乱れていることがわかりました。これは、TNO(ボールミル処理)の放電容量が低い原因の1つであると考えられます。また、原子が構成する穴(リング)の解析により、充電時と放電時のリチウムイオンの挿入・脱離には、リングの数ではなく形状が影響していることが示唆されました。リングが形成するネットワーク構造の形状を定量的に解明するため、パーシステントホモロジーに基づくトポロジー解析を行いました。4組のイオン対から構成された大きなリングがリチウムイオンの主な拡散経路であると考えられますが、ボールミル処理による放電容量の低下は、このリングが大きく歪むことによって引き起こされていることが明らかになりました。一方で、その後の熱処理によりリングの形状が元の状態に戻ることで、放電容量の向上が生じたと考えられます。

以上の結果から、歪みの少ないリチウムイオンの拡散経路は、より優れた負極特性をもたらすと結論付けることができます。TiNb2O7においては、ボールミル処理で粒子サイズを小さくした後、熱処理でTiO6とNbO6のネットワークの歪みを緩和することによって、優れた放電容量を達成できると考えられます。

本研究を主導した東京理科大学の北村准教授は、「今回扱ったTiNb2O7は車両用リチウムイオン電池への応用が期待されています。本研究成果はカーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略に貢献できるものと考えています」と、コメントしています。

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費の学術変革領域研究(A) 超秩序構造科学が創造する物性科学(20H05880, 20H05881, 20H05884)、国際共同研究加速基金(19KK0068)による助成を受けて、実施されたものです。

用語

*1 中性子・X線全散乱測定
中性子線やX線を物質に照射し、その散乱パターンを測定する手法。得られたパターンを解析することによって物質の原子レベルでの構造を調べることができる。また、原子の種類によって中性子線とX線を散乱する能力が異なるため、中性子線とX線を組み合わせた解析により、複数の原子によって構成される物質の構造も深く理解することができる。

*2 パーシステントホモロジー
データに内在する穴や連結性などの特徴を検出し、その形や大きさなどの幾何学的な情報を得る手法。原子配列の秩序・無秩序を定量的に議論する際に有用な手法である。

*3 Wadsley–Roth相
ReO3型構造(ペロブスカイト構造からAサイトカチオンを完全に取り除いた構造)に類似した構造を基本とした構造。頂点共有のBO6八面体ブロックが周期的にせん断され、稜共有領域や四面体サイトを形成している。

論文情報

雑誌名

NPG Asia Materials

論文タイトル

Relationship between Network Topology and Negative Electrode Properties in Wadsley–Roth Phase TiNb2O7

著者

Naoto Kitamura, Hikari Matsubara, Koji Kimura, Ippei Obayashi, Yohei Onodera, Ken Nakashima, Hidetoshi Morita, Motoki Shiga, Yasuhiro Harada, Chiaki Ishibashi, Yasushi Idemoto, Koichi Hayashi

DOI

10.1038/s41427-024-00581-5

発表者・研究者等情報

東京理科大学 創域理工学部 先端化学科
北村 尚斗 准教授
石橋 千晶 助教
井手本 康 教授

東京理科大学大学院 創域理工学研究科 先端化学専攻
松原 暉 大学院生(研究当時、2022年度 修士課程修了)

名古屋工業大学 物理工学類
木村 耕治 助教
林 好一 教授

岡山大学 AI・数理データサイエンスセンター
大林 一平 教授

島根大学 材料エネルギー学部 材料エネルギー学科
中島 健 助教

井手本・北村研究室

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