東京理科大学 TOKYO UNIVERSITY OF SCIENCE

創域理工学部 理工学研究科

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次世代電池の材料の開発と、「創域」が開く世界について ―先端化学科・井手本康教授に聞く―

長年、電気自動車や蓄電デバイスといった次世代を担う電池の材料開発を行ってきた井手本教授。研究者としてだけではなく、副学長として新しく変化した「創域」への熱い思いをお聞きしました。

電気自動車や蓄電デバイスの広がりによって、いま大容量バッテリーの需要が高まっています。そうした中で、長年新たな電池の材料開発などを行ってきた井手本教授は、次世代マグネシウム二次電池の実用化へ向け、大きな成果を上げられました。

今後の研究の展開が期待される一方で、井手本教授は、4月から名称が変わって新しいスタートを切った「創域理工学部」へも熱い思いを持っています。なぜいま「創域」が必要なのか。これからの学生にとって「創域」を意識することはどのような意味を持つのか。第一線の研究者、そして本学副学長としての思いを聞きました。

井手本 康(いでもと やすし)1984年 東京理科大学理工学部 工業化学科卒業、1986 年同大学大学院理工学研究科工業化学専攻 修士課程修了。富士写真フイルム(株)研究員、東京理科大学理工学部工業化学科助手、アルゴンヌ国立研究所(米国)客員研究員(1995年~1996年)、講師、助教授、准教授(工業化学科は2017年に先端化学科に名称変更)を経て、2008年より現職。1992年博士(工学)(東京理科大学)。2014年理工学研究科長、2016年理工学部長・研究科長、2020年副学長。

電池などを作るための材料を開発する

――先生のご研究の概要を教えてください。

私が専門としているのは、固体物理化学や電気化学と言われる分野です。固体の物質を対象として、様々な結晶構造、組成を変えることで新しい物質を作るというのが主な研究の内容です。特に私が扱っているのは、高機能性の酸化物、つまり、様々な機能を持った金属の酸化物です。その結晶構造や電子構造を解析、検討し、また理論計算なども用いて特性との関係をよく理解した上で、新しく有用な物質を作り出すことを考えるということを行っています。

――具体的にはどのような物質を作っているのですか。

いま主に取り組んでいるのは、リチウムイオン電池、次世代のマグネシウム二次電池、あとは強誘電体、電池の固体電解質といったものの材料となる物質の開発です。電池や強誘電体はいずれも、私たちの生活の中ですでに広く使われているものですが、新しい材料を用いることでより性能がいいものを作れる可能性があります。中でも特に最近力を入れて研究を進めているのが、次世代のマグネシウム二次電池の正極材料となる物質の開発です。ちなみに、二次電池とは、充電して何度も繰り返し使える電池のことです。リチウムイオン電池も二次電池です。

――次世代のマグネシウム二次電池とはどのような電池なのですか。

背景を少しお話しますと、現在、パソコンやスマートフォンといった小型のモバイル機器などのバッテリーとしては、主にリチウムイオン電池が使われています。しかし近年、電気自動車(EV)や蓄電デバイスのような大型の製品が普及し出して、これまで以上に電気をたくさん蓄えられるバッテリーの必要性が高まってきました。そのためには、エネルギー密度を非常に高くしないといけないのですが、リチウムイオン電池では限界がある。そこでリチウムに代わる正極の材料として注目を集めているのがマグネシウムなのです(実用化されているリチウムイオン電池の負極は基本的に炭素系材料で選択肢は多くない)。


さて、リチウムとマグネシウムは何が違うかといえば、重要なのはリチウムが1価なのに対してマグネシウムは2価であることです。そのため、同じ量のイオンが動く場合に、マグネシウムはリチウムの2倍電気を出し入れするので、より高いエネルギー密度を出すことができます。加えてマグネシウムは資源的にも豊富であり、安全性も高いといった利点もあります。ただ逆に、2価であるゆえの技術的な難しさもあり、現状では、実用レベルではリチウムイオン電池を凌駕するようなものは開発されていません。しかしそうした中で私たちは、マグネシウム二次電池の実現への大きな一歩となる正極材料の開発に成功しました。

井手本教授の研究室では電池材料の合成、電池作成、評価、構造解析などを行う。この写真は正極をまさに作っている様子。
グローブボックスで電池を組み立てている様子
作製した電池特性の評価を議論している様子

次世代のバッテリーとなりうる材料の開発に成功

――マグネシウム二次電池の正極材料の開発はどのように進められていったのでしょうか。

基本的には、マグネシウムの酸化物に基本となる構造、組成に他の元素を混ぜたり、その量を変えることで新しい材料を作ることを考えます。どういう元素を混ぜるかにはいろいろな選択肢がありますが、闇雲にやってもうまくいきません。どうすれば特性がよくなるのか、その原理的な部分をまず理解する必要があります。そのために私たちは、量子ビームを用いて物質の結晶構造や電子構造を調べるということを行いました。この解析を行うと、どういう構造を持った時に電池としての寿命が長くなるか、より多くのエネルギーが得られるか、より速い充放電ができるかなどといったことを予測できるのです。また、コンピュータを使った理論計算も用います。こちらは、予測したことが正しいかどうか、実験では分からない知見が得られ、有益な情報を与えてくれます。

――量子ビームを用いるというのは、具体的にはどうするのですか。

私たちの研究室は、茨城県の東海村にあるJ-PARCや、兵庫県の播磨にある大型放射光施設SPring-8の量子ビームを利用して研究を進めています。前者では中性子線、後者では放射光X線を使います。それぞれ見えるものが異なるのです。中性子線では原子核の情報を見ることができ、たとえばリチウムが物質の中をどう動いているかを追うことができます。一方、X線だとそこまで軽い元素ははっきり見えないものの、物質を構成する結合、たとえば酸素と金属元素がどう結合しているかといったことがわかるわけです。

このように、複数の量子ビームや理論計算を利用して多角的に組み合わせて検討を重ねる中で、どのような物質をどのような割合で混ぜていけばいいかなどを探っていきました。その結果私たちは、マグネシウム、バナジウム、マンガンの3種類の金属元素をこのような組成比で組み合わせたら優れた特性を持つ正極材料となるということを解明し、実際に開発しました。さらにその特性評価、解析も自分たちで行いました。

井手本先生らが開発したマグネシウム二次電池の正極材料
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24336060W7A201C1X11000/より

――たどり着いたのはどのような物質なのですか。

化学式で書くとMg1.33V1.67-xMnxO4(x = 0.1~0.4)となる、マグネシウムの酸化物です。特にx = 0.1としたとき、つまり、Mg1.33V1.57Mn0.1O4を正極に組み込んだマグネシウム二次電池を作製したところ、充放電サイクルを繰り返し行うと256mAh/gという大きな放電容量を示すことがわかりました。放電容量も大きく、また、容量の劣化も進みにくく長寿命の電池を作れる可能性があることが明らかになってきました。リチウムイオン電池に代わる次世代の電池の開発へとつながってほしいです。

――社会を大きく変えうる成果で、今後の展開が楽しみですね。

マグネシウム二次電池の研究は10年くらい前から取り組んできました。当初は、これで電池として動くのだろうか、といった段階だったのですが、ようやく、リチウムイオン電池の性能を上回る可能性が見えてきました。実用化のためにはまだいろいろな課題があるものの、大きな前進ではあると感じています。

「創域」への意識は、今後ますます重要になる

――この4月からいよいよ、「理工学部」は「創域理工学部」となり、新たなスタートが切られました。井手本先生は、理工学部の学部長を経て、現在は副学長でいらっしゃいます。「創域」という言葉への思いを聞かせてください。

私が学部長を務めていた2017年に、理工学部は創設50周年を迎えたのですが、その時に「横断型コース」「6年一貫教育コース」が始まりました。それが、学部全体としての分野横断的な教育・研究の流れの発端とも言えますが、その1年後くらいに、将来の学部再編に向けて「創域」という言葉も登場しました。「創域」には色々な意味が込められています。新しい領域を作っていく、新しい観点のものを作っていく――。多くの人にとっておそらくあまり馴染みのない言葉なので、ちゃんと広めていかないといけませんが、その一方で、言葉も新しいからこそ、未知の未来に向けて夢が描けるのではないかとも思っています。

新たな「創域理工学部」ロゴには、10学科が分野を超えて横断、融合していくことで価値を創造していくという想いが込められている。

――先生ご自身が研究を進める中での、創域への意識について教えてください。

たとえば私は電池の材料開発にたずさわってきましたが、その中で私が専門としているのは正極の材料です。しかし電池を作るには、負極も電解液も必要だし、電池をパッケージにする技術も必要です。複数の分野の専門家が一緒にやらないと完成しません。マグネシウム二次電池の開発も、「ALCA-SPRING」という国のプロジェクトとして行っていて、複数の専門家がかかわって共同で研究を進めています。決して一人ではできません。

そのように分野の異なる専門家が集まって何かを作っていくとき、互いにどんなことを意識しているか、どんな問題を抱えているか、ということを共有することはとても大事です。自分の専門分野を持ちながらも、いろんなところに意識をやり、理解して、お互いに高めてあっていく。そういうやり方を代表する言葉の一つとして私は、「創域」を意識しています。

――理工学部がいま「創域」という語を冠して新たなスタートを切るというのは、そのような創域的意識は今後ますます大事になっていくということでしょうか。

そう思っています。現在の国際情勢も複雑になっていますが、国土が狭く資源もない日本が生き残っていくためには、やはり研究開発力、技術力が重要です。再び技術力で際立っていくためにも、創域的意識はこれからさらに重要になると考えています。

かつては、分業化して開発を進め、その全体をマネージメントすればモノができていくという時代でした。ところがいまは、開発のスピードが上がっているし、また技術も複雑化しています。競争に勝っていくためには、別々のパートを担当している技術者同士が、お互いのやっていることを理解して、ディスカッションしながら開発をしていくことがとても重要です。作業を分担してやるのではなく、チームとして共同で作り上げていく。まさに「創域」という言葉はいまの時代に合っていると考えています。

未知の可能性に自らを開く

――創域理工学部に入ったら、どのような創域体験ができそうでしょうか。実際に学生を見て感じられていることを教えてください。

4年生になって研究室に入り、大学院に進学すると、横断型コースによって、いろんな分野の学生と一緒に学び、研究について考えることができます。普通は、社会に出てからそういう環境に入るのですが、創域理工学部はすでに学生のときからそのような場が提供されています。

私たちの研究室は、横断型コースの中のエネルギー環境コースに入ってますが、ゼミの様子を見ていると、異なる分野の学生たちが、意見をぶつけ合いながらともに新しいものを作っていこうとする気概を持っているのを感じます。それぞれに、「自分の分野はこのように活かせるんだ」という新たな発見をしたり、思わぬアイディアを生み出したりしている。まさに創域的な対話がなされています。コースが始まったばかりのころはぎこちなかった部分もありましたが、最近では、学生たちが自ら、考えたことをいろいろな学科や専攻の先生に持っていってコメントをもらったりもしています。私自身も、学生のアイディアに対して「こういう発想もあるのか」と思わされることもあり、嬉しくなります。こうした経験はきっと社会に出た時に必ず武器になるはずです。

また、創域理工学部には10学科ありますが、どこの学科に入っても、学部全体を俯瞰して学べる機会があります。自分の専門分野を持つことは大事ですが、専門を持ちつつも周りを俯瞰でき、他の分野の人がいうことが理解することが社会では求められます。分野横断的な教育研究をこのレベルで実践している大学はほとんどありません。そこが大きなアピールポイントだと思っています。

――最後に、これから研究者や技術者を目指す若い世代へメッセージをお願いします。

大学に入るときは、まずは自分の興味に沿って、学部や分野を選べばよいでしょう。しかし入学してみると、思ってもいなかった分野に面白さを感じるようになったりもするものです。学科を決めて入学したらあとはその分野だけをやる、のではなく、その後もいろんな分野や領域に意識を開いていてほしいなと思います。

大学は、そういった未知の可能性を提供できる場所であるべきだと考えています。そして学生さん自身も、そういう意識をもち、大学で新たな自分の像を作っていこうとすることが、おそらくこれからの時代を生きていくうえで力になっていくのではないかなと思います。

受験がゴールではありません。むしろ大学に入ってからが大事です。創域理工学部で、ぜひ新たな自分に出会ってほしいですね。

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