萩原 明准教授 Hagiwara Akari
脳はシナプスによって制御されている?!
脳の中では1000億ものニューロンが複雑なネットワークを構築し、外界からの様々な情報を処理し、行動としてアウトプットしています。しかしながら、その過程はほとんど解明されておらず、昔からブラックボックスにたとえられてきました。私たちの研究室では、ニューロン間の情報伝達に重要な「シナプス」や神経ネットワークを観察し、時にはその活動を操ることで、ブラックボックスであった脳の機能を明らかにしていきます。
「百聞は一見に如かず」の形態学
ニューロンの情報処理を研究する手法として、神経科学では大きく二種類の方法があります。一つは、電気的な性質を調べる生理学的方法であり、もう一つが形を観察する形態学的方法です。
脳内でニューロン一つ一つが特徴的な形をしていることは、1906年にノーベル賞を受賞したゴルジやカハールによって明らかにされました。当時、ゴルジ染色法を開発したゴルジはニューロンが網状に連結している網状説を主張し、カハールは独立して存在しているというニューロン説を提唱し、白熱した議論が行われていました。
その後、非常に高い解像度で細胞や細胞内の構造を観察する電子顕微鏡法が開発され、この技術によりシナプスというナノスケールの小さな構造が、ニューロン間で情報を伝達する場であることが明らかになりました。これまで見えなかったものが「見える」ようになったことで、カハールのニューロン説が証明されました。このように、観察するということは非常に重要でかつ説得力のある情報を与えてくれます。
当研究室では、抗体標識や蛍光タンパク質を遺伝学的に導入する方法等、様々な手法を駆使してシナプスからニューロン、さらにそのネットワークを観察し、脳が行う情報処理の仕組みを研究しています。
マウスの行動によって脳からのアウトプットをとらえる
脳内の神経ネットワークによって処理された様々な情報は、最終的に行動としてアウトプットされます。そこで、当研究室では、形態学的な観察に行動解析を合わせることで、どのようなシナプス伝達や神経ネットワークが、マウスの行動、すなわち脳を制御しているのかを研究しています。
行動実験の多くは、マウスの様子を先にビデオカメラで撮影し、後日そのビデオを見ながら動いている時間や場所を計測していきます。20分くらいの動画でも、5匹、10匹分となると根気や集中力が必要な作業となってきます。そこで、創域理工学部や薬学部の研究室をはじめ、時には学外の先生にも協力をお願いし、AIを活用した動画解析のプログラムなどを作成しています。プログラムの開発という一見脳の研究とは異なる分野と共創することで、研究の精度とスピードの向上を目指しています。
このため、研究室の学生さんたちは、マウスという動物個体を扱いながら、生体を構成する重要な要素であるDNAやmRNA、タンパク質を使った分子生物学的な実験、また脳の構造に関する知識、そしてプログラム技術等、多岐にわたる内容を習得しています。
仲間とのネットワークを大事に
暗い電顕室にこもって観察していると、シナプスは同じ機能を持っていながら一つとして同じではない、多様な形であることが分かります。人の脳の中でも、このような様々な形のシナプスが無数の神経ネットワークを構築し、それらがヒトの個性を作り上げているならば、みんな違う考え方や行動パターンをもっているのも大いに納得です。
研究室に配属された学生さんたちは、まずマウスの扱い方や、初めて操作する高額な顕微鏡の使い方などを学んでいきます。最初は苦労することも多いようですが、研究室の仲間でお互いの得意分野を教えあうことで、4年生の1年間でみな大きく成長します。そして、修士課程や博士課程では、自らが見出した結果を発表し、多くの人とディスカッションする中で、研究成果をつきつめ、そして発展させていきます。
複雑な脳の機能はシナプスだけで解明できるものではありませんが、シナプスを観察していると、生物が持つ美しさと不思議さにきっと魅了されることと思います。脳を理解するという大きな課題に共に挑戦していきましょう。