
音や映像に対する人間の反応を探求し、「人間の感性」の解明に挑む―機械航空宇宙工学科 朝倉巧准教授に聞く―
音や映像に対して人が何を感じ、身体がどう反応するのか。建築音響を専門としてきた朝倉准教授は、現在、音に対する人間の心理的・生理的反応を中心に研究を進めています。環境音や騒音など、幅広い音を研究対象としています。
音や映像に対して人が何を感じ、身体がどう反応するのか。建築音響を専門としてきた朝倉准教授は、現在、音に対する人間の心理的・生理的反応を中心に研究を進めています。環境音や騒音など、幅広い音を研究対象としています。

音や映像を耳や目で受け取ったとき、人は何を感じ、身体はどう反応しているのか。建築音響を専門にキャリアを積んできた朝倉准教授は、研究の軸足を徐々に音の物理的側面から音と人間の関わりへと移し、現在は、音に対する人間の心理的・生理的反応を掘り下げることを中心として、いくつもの研究を進めています。研究対象は、環境音や騒音、超音波など幅広く、関心は様々な分野を横断します。いずれは、「人間の感性とは何か」の解明に迫りたいと語ります。
朝倉 巧(あさくら たくみ)2004年 早稲田大学理工学部建築学科 卒業、2009年 東京大学工学系研究科建築学博士課程 修了。博士(工学)。 実践女子大学非常勤講師、東京大学 特別研究員、清水建設(株)技術研究所 研究員などを経て、2016年に東京理科大学理工学部機械工学科講師。2022年より現職。

私はもともと建築学科の出身で、建築の音響分野を専門として学び、学生を終えたあとは大学や建設会社の研究所で、音響分野の設計・研究に携わっていました。例えば、外の騒音が聞こえないようにするための建物の遮音設計に関する研究などです。そのため、自分のベースとなる専門分野といえば、音響工学となりますが、実は、音の物理的な側面に加えて、音に対する人間の心理的な反応などにも興味があり、2016年に本学に来てからは人間が関係する研究にシフトしていきました。さらに最近では、音に限らず、映像などを含めた外からの様々な刺激に対する人間の心理的・生理的反応へと興味が広がり、音響工学というよりもむしろ人間工学という方が近いかもしれません。
はい、概ねそのような感じです。音や映像といった外部からの刺激を得た人間の脳波、心拍、発汗、唾液などを測って生理的な反応を見る。と同時に、その刺激に対して「どう感じたか」を質問として尋ね、心理的な反応を調べる。そうして刺激に対する生理・心理の両反応の対応を見ていくと、その人が心で何を感じているのか生理的な反応から予測できる可能性があります。

そのような方法で今進めている研究の一つが、人間の音に対する感じ方が、周囲の環境からどう影響を受けるかを調べるというものです。公園にいる場合と、建物に囲まれている場所にいる場合とで、同じ鳥のさえずりを聞いた時の人間の反応はどう違うか。同じ騒音を聞いた時でも、周囲の建物が高い場合と低い場合とでは感じ方はどう異なるか。生理的な反応と心理的な反応の両方を見ていくと、被験者が例えば「なんとなくこの場合の方が心地よく聞こえる」と言ったりしたことが、脳波の違いとして裏付けられる可能性も見えてきています。その結果、人の音の感じ方はどのように環境の影響を受けるかといったことについて様々な知見が得られます。そうした知見は例えば、都市設計など行う際に活かせるだろうと考えています。

ちなみにこの研究において被験者は、ヘッドマウントディスプレイを着用し、仮想空間において様々な環境を体験してもらっています。その意味でこの研究では、音だけでなく、映像に対する反応も調べていることになります。仮想空間で音を聞く体験が、現実の環境の中で音を聞く体験とできるだけ近くなるようにするための音響の再現方法の研究も、当研究室で行っていました。

そうですね。もう一つ別の例を挙げると、窓を作る企業との共同研究があります。住宅の窓で換気口が付いているものがあるのですが、その場合、換気のための開口部から騒音が入ってきてしまいます。そこで、騒音を減衰させるための住宅用換気ダクト(遮音ダクト)を設計しました。その際、ただ音が低減されたからよいのではなく、入ってくる音が人間にとって不快なものでないかどうかも確かめなければなりません。つまりこの研究では、音の物理的シミュレーションと人間の心理面の評価の両方を行っているのですが、音の物理面と心理面の両方を同時に扱える研究者は多くなく、その点は私たちの強みになっていると言えます。

このように音を多面的に扱うと、つまり、人間の心理や生理の反応、そして物理面も組み合わせると、音に関してかなりいろいろな研究ができるようになります。例えば、より直接的に音と人間が関係する研究として、医療機関と一緒に、聴力のメカニズムに関する研究や、手術後に聴力がどうやって回復するかを探る研究も進めています。また一方で、逆に人間や心理とは関係ない、より物理学的な研究にも取り組んでいます。その例としては、超音波を使って海の底の地形を調べる研究があります。
そうなんです。以前、音響の専門家が集まるイギリスの研究所に一年間在籍していたことがあるのですが、その時に知り合った研究者に誘われて行うことになった研究で、研究の対象となっているのはカニです。そのカニは海の中で巣穴を掘るのですが、巣穴の深さや形状、大きさを調べると、その海の環境や海洋生態系について把握することができます。そこで、超音波を使って非侵襲的に巣の形などを調べようということになり、超音波を研究で利用した経験がある私に声がかかったというわけです。生物多様性といったテーマとつながる研究で、縁があってそんなこともやっていますという例です。

ただ、このカニの研究自体は人間と直接関係ありませんが、超音波については、人間に与える影響についても研究しています。超音波には「ハイパーソニックエフェクト」と呼ばれる効果が知られています。耳には聞こえていないはずなのに、人を心地よくしたりするという効果です。滝の音や熱帯雨林の音、また、ガムランというインドネシアの民族音楽にも超音波領域の成分が含まれていて、それが人間の心理に影響を与えているとされています。この効果自体はずっと前から研究がなされているのですが、同じ滝の音でも、音の高さが変わったら超音波の効果はどう変わるのか、というところまでは研究されていません。私はそうした部分を掘り下げて研究していこうと考えています。
最近一番やりたいと思っているのは、人の感性とは何かをよりよく理解することです。例えば音楽でも、長調の曲は明るくて、短調の曲は暗いというイメージを人間は持つけれど、なぜ長調は明るく感じられて、短調は暗く感じられるのか、ということの科学的な説明すら未だ議論されています。また、私たちが感じるのは明るい暗いの2軸だけでもないはずです。では、他にはどういう軸があるのか、そしてそれは人間の心理、生理とどう関係しているのか。すでに取り組み始めていますが、いずれそうした研究によって、人間の感性のメカニズムのようなものを解き明かしていけたら、と考えています。

一つの例としてはそういうことです。そういう知見があれば、例えば鬱の治療に音楽療法として組み込んでいくといったことも考えられるかもしれません。感性というのは、現状では、言葉や形にできない抽象的なものです。それを、より科学的な裏付けのある、説明可能なものにしていけたらと思っています。

と言いながら自分は、一つのテーマを深く掘り下げていくのが向いていないというか、何か一つの研究にどっぷりはまってしまいたくないという気持ちがあって、ついいろんな方面に手を伸ばしてしまいます(笑)。その結果、自分でも何をやっているのか、うまく説明できない状態になっているのですが……。
確かに自分は、“創域”とは相性がいいと思います。この学部ではいろいろな分野の先生と知り合うたくさん機会があって、そういう場で、会ってお互いに研究の話をすると、ほとんど必ず、「じゃあ、今度一緒に何かやりましょう」って話になるんです。というか、だいたい私が自分から声をかけるのですが、それで「今度ちょっとZoomで」みたいな感じで機会を作って話した結果、共同研究が始まるということが結構あります。もちろんその時限りということもありますが、異分野の教員同士がつながりやすいというのは、この学部の良さだと感じています。

いや、自分としては、創域理工学部になってから変わったという印象は特にありません。おそらく理工学部時代から、この学部にはそういう雰囲気があったのではないでしょうか。教員の懇親会などを含めて、教員同士がつながれる機会はもともと多くて、僕としてはただ飲みたいということが大きいのですが(笑)、そういう場に参加するようにしていたら、自然といろんなつながりができました。おそらくこの学部にはもともとそういう素質があって、じゃあ、名前もそうしようっていうことで「創域」という言葉が自然に出てきて、昔からの素質が学部名として具現化したということなのではないかなという気がしています。

僕はずっとトランペットを吹いていたのですが、はい、それはすごく大きいと思います。小学生の時に始めて以来、学生時代も演奏していて、建築学科に入ってからは音響の研究室があると聞いて興味を持ち、その分野に進みました。当時は、コンサートホールの音響設計などをやりたいと漠然と思っていたのですが、いろいろな流れからだんだんと人の心理の方へと興味が移っていきました。いま考えると、そもそも建築学科ではない分野で音に関わることをやっていたら、今とは全然違った道に進んでいたかもしれないようにも感じます。
ありきたりかもしれませんが、無駄なことはない、ということを僕はよく思います。何であれやってきたことは後でどこかにつながってくるし、つなげられるって思っています。そういう意味で、若い頃は特に、机上の勉強以上に自分自身のプロジェクト、つまり、自分で決めて計画を立てて何かをやっていく、という経験をたくさんしておくことが大切だと感じます。アルバイトの仕事がそういう経験になるかもしれないし、あるいは、自分で計画を立てて旅行すること、その他自分の好きな趣味などでも、自分で考えて一生懸命やっていくと、きっとそれは何らかの形でその先につながっていくはずです。卒論でやってもらうのもまさにそういう、自分で考えてわからないことに挑んでいくということだし、さらに言えば、社会に出てからやる仕事は、卒論の拡大バージョンのようなものだと思います。もちろん勉強することはそれはそれで大切なのでやらないといけませんが、あまり型にはめて考えずに、自分自身ならではの経験を大切にして、それぞれの道を見つけていってほしいなと思います。
