東京理科大学 TOKYO UNIVERSITY OF SCIENCE

創域理工学部 理工学研究科

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数論における未解決問題「Stark予想」になぜ長年挑み続けるのか―数理科学科 加塩朋和教授に聞く―

数学の中でも、とりわけ難解な分野の一つとされる「数論」。その研究対象は、整数から方程式や関数、さらには数学のさまざまな領域へと広がっています。数論を専門とする加塩朋和教授は、未解決問題の一つである「Stark予想」に20年にわたって挑み、解析学と代数学という異なる2つの世界のつながりの解明に取り組んでいます。

数学の中でも、とりわけ難解な分野の一つとされる「数論」。その研究対象は、私たちが普段使っている整数から、方程式や関数、さらには数学のさまざまな領域へと広がっています。加塩朋和教授が長年取り組んできたのは、数論における重要な未解決問題の一つである「Stark予想」です。解析学と代数学という、一見すると異なる2つの世界の間に潜むつながりを明らかにしようとするこの予想に、20年もの歳月をかけて挑み続けるのはなぜか。その研究の歩みと、数学への思いについて語ってもらいました。

加塩 朋和(かしお ともかず)1999年 京都大学理学部 数学・数理解析 卒業。2005年 京都大学理学研究科 数学・数理解析 博士課程修了。博士(理学)。大阪大学大学院理学研究科 特任研究員、日本学術振興会 特別研究員PD、慶應大学理工学部数理科学科 特別研究助教などを経て、2010年、東京理科大学 理工学部数学科 講師。同准教授を経て、2024年より現職。

多項式の整数解について調べる

――加塩先生の研究の概要を教えてください。

私は、数学の中の整数論、もしくは数論と呼ばれる分野を研究しています。読んで字のごとく、数についての理論ですが、具体的にどういうことをする分野なのかと言えば、その中心となるテーマの一つに、多項式の整数解について調べるというものがあります。多項式の有名な例としては、例えば中学校で習うピタゴラスの定理(三平方の定理)があります。

x2+y2=z2

この整数解には、(x, y, z)=(3, 4, 5)、(5, 12, 13)などがありますが、実はこのすべての自然数解は、(x, y, z)= t(2mn, m2 – n2, m2 + n2)  (t, m, n は、t>0, m>n>0を満たす整数) の形、またはそのx, yの入れ替えで表すことができます。つまり、ピタゴラスの定理については、多項式の整数解を求めるという点では、これ以上やることはありません。

しかし、ピタゴラスの定理の各文字の次数を3以上に拡張して、

xn+yn=zn (n≧3)

とすると、nがいくつであっても自然数解は一切存在しないことが知られています。これは「フェルマーの最終定理」と呼ばれる有名な問題です。1600年代にピエール・ド・フェルマーという人がこのような発見をして、以来、数々の数学者がそれを証明しようとチャレンジしたものの、解ける人はいませんでした。それでも多くの人の力によって少しずつ理論が組み立てられていき、1995年、フェルマーの死後330年経ってようやく解けたという壮大なストーリーがある定理です。

多項式の整数解に関する研究としては、このような、与えられた多項式を満たす解を探す、という研究がいろいろとあります。その一方で、私はその逆の方向性の研究に取り組んでいます。つまり、先に何らかの数を定義して、それが満たす多項式を探すというものです。例えば、まず、x = cos(π/10)という数を考えます。これは、x = cosθという関数にθ=π/10を代入したものですが、このxは、調べると、16x4-20x2+5=0 という多項式の解であることがわかります。このように、ある関数から導かれた数が何らかの多項式の解になっている例を複数見つけ、その数や多項式の性質を調べるといった研究を私はしています。専門的に言えば、「類体構成」と呼ばれる分野に近い研究です。

Stark予想とは何か

――なるほど、多項式の解を探したり、解から多項式を見つけたり、ということをするのですね。このような多項式の整数解に関する研究の延長線上に、加塩先生が取り組まれている具体的な問題もあるのでしょうか。

そうですね。私が取り組んでいるのは、「Stark予想」と呼ばれる問題です。話を少し簡単にするためにまずはsin関数を使って説明しますが、sin関数に数を代入すると、代入する数によって、例えば、sin(π/2)=1、sin(π/3)=√3/2, sin(π/4)=√2/2 といった具合に、平方根を使って簡潔に書ける数が出てきます。これは代数的数と呼ばれる数の、さらに特別な場合になっています。このような簡潔な数が現れることを特に不思議とは思わないかもしれませんが、じつはこれは、とても特別なことなのです。sin関数ではない、適当に選んだような関数の場合、やはり適当な数を代入して代数的数が出てくる、ということはまずありません。では、なぜsin関数ではこんなことが起きるのでしょうか。こういった性質はどこから来るのでしょうか。その問いを解くために私は、以下の「オイラーの反射公式」というものに着目しました。

この式が示すように、sin関数はΓ(ガンマ)関数という関数の積で書くことができます。Γ関数は、階乗(n!)の概念を実数や複素数にまで拡張した関数で、数学のいろいろな場面で出てきます。ではここから何がわかるのかと言えば、それは、sin関数を2つのΓ関数(Γ(z)とΓ(1-z))に分けることができるということです。そこで私は、この式を使っていったんsin関数を2つのΓ関数に分けて考えるということを試みました。そうして分解した一つひとつは、それぞれ幾何学的に調べられることがわかり、であれば、それを掛け合わせたものとしてsin関数を考えれば、sin関数を調べることができるのではないか。そうすれば問題の解決に向かうのではないか――というのが私の根源的なアイデアで、そうした考えのもと、研究を進めています。

ただしここまで、説明を平易にするためにsin関数と書いてきましたが、このsin関数を「Stark単数」に、Γ関数を「多重Γ関数」に置き換えたものが「Stark予想」です。この問題を解決する道筋を切り開いていくことが、私が長年取り組んできた研究で、今もこの問題と格闘し続けています。

Stark予想の数式による表現

――実際のStark予想はかなり難解そうですね……。しかしイメージは伝わってきました。ところで、そもそもなぜこういう問いを立てるのでしょうか。また、Stark予想は、簡単に言えばどんなことを予想していて、その予想が数学的にはどのような意味を持つのか、を知りたいです。

非常に大雑把に言えば、Stark予想とは、解析学の世界と代数学の世界には深いつながりがあるのではないか、という予想です。つまり、関数で調べられるような世界と、方程式や数の世界には深いつながりがあるのではないか、ということです。この予想が解けたからといって何か実用的に役に立つというわけではありませんが、証明されれば、例えば先の、sin関数に数を代入したら代数的数が出てくる、といったことがただの偶然ではなく必然である、ということの裏付けが得られます。それは私たちの数学についての理解を深め、数学の世界を新たに広げていく一助になるだろうと私は考えています。

20年にわたってStark予想に取り組んできた理由

――Stark予想の解決を目指す先生の研究は現在どのような段階にあるのでしょうか。

率直に言って、解決からはまだかなり遠いところにいます。ただ昨年、2025年に、現状での一つの集大成と言える論文を出すことができました。そこにどんなことを書いたのかと言えば、「これがわかればStark予想は解けるはず」といったことです。つまり、先述のように、まずStark単数を2つの積に分け、それが幾何的なものに置き換えられることがわかった。そしてその幾何的なものが何なのかがわかれば、Stark予想の解決にまでたどり着けそうだ、ということがわかった、というのが現在の段階です。まだかなり先が長そうなことが想像できるかと思いますが、20年くらいかけて、ようやくここまでたどり着いたという感じなのです。ここから先に進むアイデアも一応はありますが、ここも簡単にはいかなそうで、とにかくこれからも考え続けていこうと思っています。

――なんと、20年も考え続けてこられたのですね。そしてまだまだこれからも取り組まれていくとのことですが、先生はどのようなモチベーションでそれだけの長い期間、この問題と向き合ってこられたのでしょうか。やはりStark予想はそれだけ取り組む価値が大きい問題だということでしょうか。

一般的な話をすると、例えばフェルマーの最終定理の場合、それを解こうと300年以上にわたって数多くの数学者が力を尽くしたことによって、その過程で新たな数学の分野が誕生するなどし、数学の世界は大きく広がりました。つまりそのように、「この問題に取り組むこと自体が数学全体に貢献する」という問題があります。私としては、Stark予想もそのような問題の一つだろうと考えています。

ただ一方、実際には、数学に貢献できるかどうかといったことよりも、その問題を考えることが楽しいからやっている、その問題が提示する世界が美しいと感じるからやっている、という数学者の方が多いのではないかと思います。そして私もじつはそのタイプです。「役に立つかどうかなんて関係ねえ、俺がやりたいからやってるんだ」みたいな気持ちが強いんです(笑)。Stark予想(正確にはStark予想に繋がる研究テーマ)は、自分がまだ学生だったころに指導教員から「やってみたらどうか」と提案していただいた問題です。そして私は長くその先生と一緒にこの問題に取り組んできました。そうした背景もあり、私のモチベーションとしては、この問題を解決に近づけて先生をびっくりさせたい、喜ばせたい、という気持ちが一番大きいかもしれません。ただいずれにしても、この問題を考えること自体が本当に楽しく、行き詰まって辛い時もあるけれど、そういう時間も含めて、この問題に取り組めていることがすごく幸せだと感じています。そして結果として、数学への貢献も果たせたらよいな、という気持ちでやっています。

“創域”とは、知の領域を広げていくこと

――数学の持つ深い魅力が伝わってくるようなお話ですね……。では続いて、“創域”についてのお考えをお聞かせください。先生は“創域”をどういうイメージで捉えていますか。

“創域”とは私にとって、フロンティアを広げていくというイメージです。例えば、世界全体を一枚の紙だとすると、その上のどこかの、丸で囲まれた小さな領域が、私たちがすでに知っている、人間の知の領域だと考えることができます。その周りには、未知の領域がとても大きく広がっていて、それはすでに知っている知の領域よりも圧倒的に大きい。研究とは、多くの人が努力を積み重ねることでその領域を少しずつ広げていくものであり、そうして知の境界線を広げ、新しい知の領域を創っていくことが“創域”の一つの側面だと考えています。そして、それに加えてもう一つ、おそらくこちらの方が本学のいう“創域”のイメージに近いのだと考えられますが、何かと何かが出会って新しい領域ができること、それもやはり“創域”ということなのだろうと思います。

この2つの側面の具体的な例を挙げると、一つ目は、自分の研究についてですが、指導教員からいただいたアイデアをもとにStark単数を2つにわけるということをやった。その結果、新しい見方が広がって知の領域が少し広がったという感触があり、それは創域的だと感じています。そして、もう一方の側面として思い浮かぶのは、創域理工学部の「ダブルラボ」です。これは、専攻分野の異なる学生同士が、分野の垣根を越えて一緒に研究を進めるという取り組みで、例えば最近、私の研究室の学生が情報系の研究室の学生とダブルラボを行い、暗号理論に興味を持つようになりました。こうして学生が異分野の人と出会って新たなテーマを持ち帰ってくることは、思わぬ展開を生むことになるし、私自身にも刺激になっています。“創域”ということの価値を感じさせてくれます。

――最後に、これから研究者を目指す若い世代や高校生へ、メッセージをお願いします。

研究者を目指すかどうかとは関係なく若い世代の皆さんに広く伝えたいことですが、「自分で問いを立てる」ということを常に心がけてほしいなと思っています。おそらく高校までにやってきた勉強は、与えられたものをやることが中心だったと思います。でも本当に大事なのは、与えられた問題の正解を見つけることではありません。自分がどんなことを知りたいと思うか、です。これが知りたい、だからこういう問いを立てる。そしてそれを解くために考えて手を動かす。その姿勢こそが何よりも大切だと私は考えています。自分が興味を持っていれば、頑張れるし、しんどくても乗り越えられます。いまは、AIが大抵のことを教えてくれる時代ですが、こちらが黙っていたらAIも黙っています。大切なのは、「これが知りたい」と自ら思えるものを見つけ、自分でアクションを起こしていくことです。そのことを心に留めて、それぞれが進みたいと思う道に進んでいってほしいなと思います。

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