
目指すべき教育に適した学校の空間・建築のあり方を考える―建築学科 垣野義典教授に聞く―
教室の広さや配置をはじめとする学校空間のあり方は子どもたちの学びに大きな影響を与えますが、その設計思想は国や地域によって大きく異なります。建築計画学を専門とする垣野義典教授は、フィンランドやスウェーデン、オランダ、ウィーンなどの学校を長年調査し、学校建築と教育活動の関係の解明に取り組んでいます。
教室の広さや配置をはじめとする学校空間のあり方は子どもたちの学びに大きな影響を与えますが、その設計思想は国や地域によって大きく異なります。建築計画学を専門とする垣野義典教授は、フィンランドやスウェーデン、オランダ、ウィーンなどの学校を長年調査し、学校建築と教育活動の関係の解明に取り組んでいます。

教室の作りや大きさをはじめとする学校空間や建築のあり方は、子どもたちの学びに大きな影響を与えます。そしてその方針や考え方は、国や地域によって異なります。建築計画学を専門とする垣野義典教授は、フィンランドやスウェーデン、オランダ、ウィーンなどの学校を長年調査し、学校建築と教育活動の関係を研究してきました。近年、日本の学校でもヨーロッパ型の自律的な教育が取り入れられつつあり、その中で学校建築も変化しています。学校建築は子どもたちの教育にどう影響するのか。日本の学校建築はどう変わっていくのか。この分野における創域的な研究の可能性とともに、垣野教授に聞きました。
垣野 義典(かきの よしのり)1999年 東京理科大学理工学部建築学科 卒業。2004年 東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程 修了。博士(工学)。フィンランド・アアルト大学(旧ヘルシンキ工科大学)客員研究員、豊橋技術科学大学建築・都市システム学系准教授などを経て、2016年 東京理科大学理工学部建築学科准教授。2022年 同教授。2023年、学部改称により現職。

私は、建築学の中の「建築計画学」という領域を専門としています。建築学は大きく3つの分野、すなわち、「構造」(地震に強い建物をどう作るか)、「環境」(環境負荷の低減や省エネをどう実現するか)、「設計・デザイン」に分けることができますが、建築計画学は、その中の「設計」につながる学問になります。従来、建築設計は、感覚やセンスによって行われることが一般的でしたが、1950年代に入って、より科学的な根拠に基づいて設計しようという風潮が高まる中で建築計画学が立ち上がりました。人間と建築の関係を扱い、特に、今和次郎の「考現学」のように実際の人の生活を記録したりアンケートやヒアリングといった手法を用いることが特徴的な学問で、その意味では社会学や教育工学といった分野とも通じると言えます。

私は、その方法によって国内外の学校建築のあり方について調べてきました。実際に教室などの空間に入って、誰がどこで何をしているのかを観察・記録し、それを分析する「行動観察記録」という手法を用いて、国内外の学校を調査し、空間が子どもたちにどんな影響を与えているかや、空間と教育方法の関係などを考察してきました。そして、日本でも参考になりそうな空間の使い方を紹介したり、それを日本で取り入れるための提案もしています。
私は、フィンランド、スウェーデン、それからオランダの学校について長く研究してきました。また、ここ4年間はオーストリアのウィーン、去年はドイツのミュンヘンの学校も調査しました。ちなみに並行して、オランダや北欧の、人々が自由気ままに過ごせる図書館も研究していて、今年はデンマークの図書館にも調査に行きます。
これらヨーロッパ諸国の学校は、大きな方向性として、「生徒一人ひとりが自分で考えて学ぶ」ということを重視しています。それゆえにこれらの国々では、例えば、子どもたちはどこで誰と何を学ぶかを自分自身で選択し、先生は教室の後ろに控えていて必要な時だけサポートする「伴走型」スタイルの授業も珍しくありません。学校の建物や教室も、そのような教育方針に適したように作られています。一方日本では、先生が前に立って教えるというスタイルがいまも一般的ですが、最近徐々に、ヨーロッパ的な、自分で学ぶという方向に向かいつつあり、それに伴って建物や教室のあり方や使い方を抜本的に変えようとしている学校も出てきています。そのような学校に建築のアドバイザーのような形で関わることも最近では多くなっています。

まずフィンランドについて言えば、この国では、子どもたちがクラスルームを中心として空間を自由に動き回りながら学ぶという教育のスタイルが主流です。そのため「余白」となる空間がたくさん用意されているのが特徴的です。教室の中にソファがあったり、丸テーブルがあったり、マットを敷いた場所もあったり、といった感じです。一方スウェーデンでは、学校の空間がいくつにも区切られているのが一般的です。大きさや仕切り方が異なる複数の部屋を、生徒たちが目的に応じて自ら行ったり来たりしながら授業が進んでいくというスタイルです。ある時は、2クラスが一つの部屋に集まって合同で授業が進んだり、またある時は、少人数で小さな部屋に分かれてグループワークを行ったり、という具合です。


そしてオランダでは、教室を一歩出たところに「ラーニングストリート」と呼ばれる、子どもたちが集まっていろいろな活動ができる細長い共用空間があるのが特徴的です。教室とラーニングストリートはガラス戸で仕切られていて、先生がガラス戸を開けたり閉めたりすることで、生徒の行き来をコントロールしながら、両方の空間を使って授業を進めるという形をとっています。



いずれの国も、子どもに自分で考えて学ばせるという方向性は同じなのですが、それをどう実現するかには方法の違いがあり、それが各国の学校空間の作りに表れています。
まだ数は多くないかもしれませんが、全国各地に、空間の使い方や校舎の建築に工夫を凝らしている学校が出てきています。例えば次の写真は、東京都の公立小学校ですが、この学校では、自分で学べるようになることを目指す教育を行っていて、その方針に沿った空間の使い方が進められています。写真は3年生ですが、床を机代わりにしている子もいれば、囲まれたコーナーで学習している子もいます。このように自分で考えて自分の方法で学ぶ時間がある一方で、先生が号令をかけるとみなぱっと集まります。また、教室とその外を隔てる壁がなかったりと、空間全体も教育方針に合う形に工夫されています。

もう一つの例としては、岡山県の奈義中学校という公立の学校があります。ここは私も色々と関わらせていただいているのですが、校舎全体が十字の形をしていたり、木造の部分とコンクリートの部分があったりと、建物自体が独特の作りになっています。教室の周りには「多目的テラス」と呼ばれる空間があって、休み時間などには子どもたちがそこに集まって何かできるようになっているなど、全体として、スウェーデンの学校を参考にして作られています。その一方、各所に細い柱が立っていたり、引き戸があったりと日本の住宅のような要素も入っています。柱があるだけで子どもたちの動き方や授業のやり方も変わるので、その結果、教育のあり方も、ヨーロッパ的なスタイルに日本の独自性が加わった形になっています。そうして世界に新しい学校建築の可能性を示すような学校も、国内に出てきています。


日本の教育指導要領は、次は2030年に改訂になりますが、その際には、かなり生徒主体の、個別的な教育へと舵が切られることになりそうです。つまり、学校ごとの裁量の幅が広がり、先生たち、子どもたち一人ひとりの違いをより積極的に受け入れるような教育になっていくと考えられます。大きな流れとしては、ヨーロッパ型を追いかける形であり、学校建築も、先に紹介したような流れがさらに進んでいくでしょう。
その一方、もう一つ大きな日本の学校教育の変化としては、タブレットやノートパソコンの導入が進んだことが挙げられます。それがどう建築に影響するかと言えば、従来、日本の学校の教室は、手元に影が落ちないように、右利きの子が左側から太陽光線を受けるような作り、つまり、南側に窓があって子どもたちは西に向かって座るような形が主流でしたが、タブレットなどが普及すると、方位を一方向に限定しない教室が増えてくるだろうと考えられます。その結果、設計の自由度が上がり、さらに日本の木造文化や気候、湿度などとも関連した独自の学校建築ができてくるのではないかと思われます。
現在多くの学校が建て替えの時期に差し掛かっていることもあり、いま日本の教育と学校建築は、大きな変化が起きる前の“革命前夜”みたいな状況にあります。学校建築の研究者としては、とても面白く、また求められることも多いので、すごくいい時期を過ごさせてもらっていると感じます。
はい、大いに関係しています。日本の避難所と呼ばれる場所のおそらく相当な割合を小学校と中学校が占めています。そのため、学校建築の設計や研究に携わると、必然的に“サイドB”という感じで、避難所についても考えることになるのです。
学校の避難所というと、体育館のイメージが強いと思いますが、東日本大震災の時は、津波によって体育館や校舎の1階が使えなくなった学校も多く、その場合は2階以上の教室が避難所になりました。つまり、津波が来るエリアかどうかで、体育館がどれぐらい主力で使えるかが分かれるので、学校建築の考え方も変わってきます。例えば、災害が起きてからしばらくは、職員室が避難所運営の司令塔となることが多いので、そのことを考えると職員室はどこにあるのがいいのか、といったことだったり、また、体育館の隣に家庭科室があると体育館が避難所となった際に連結させて使いやすい、といったことも考えます。また、グラウンドが広いと自衛隊が救援に来やすく、お風呂を開くのにも便利です。そういった点も学校建築においては大事な要素になってきます。

私の研究においては大きく2つの“創域”があると考えています。1つは学校の環境に関する“創域”で、もう1つは防災に関する“創域”です。1つ目に関しては、私は現在、ICTすなわち情報通信技術をどうやってよりよい形で学校環境に組み込んでいくかということを考えています。本学の創域情報学部(2026年4月開設)の先生たちとタッグを組んで進めていきたいと思っています。また、学校の家具や教室のあり方について教育工学の観点から研究されている渡辺雄貴先生(本学教育支援機構教職教育センター教授)とも、これから一緒に研究を進めていきましょうと話しています。こうした創域的な取り組みによって、学習環境と建築というテーマで、かなりまとまった成果を出せるのではないかと考えています。
またもう一方の、防災に関する“創域”について言えば、現在私は、経営工学科の先生の研究チームに参画して、避難所の物流に関係する研究を進めています。防災というキーワードは、情報、医療、経済など、あらゆるテーマとつながるので、それこそ創域理工学部のすべての学科の先生と何らかのコラボレーションできるようにも思います。
創域理工学部の中では、学科をまたいで授業を共同で運営したり懇親会などを含めて教員同士が関わりを持てる機会が多く、普段から積極的に他学科、他学部の先生とコミュニケーションを取りやすい雰囲気があります。その結果、いろいろな関係が生まれ、専門分野を超えた新しい領域を創造する取り組み(創域)へとつながっているように感じます。それはやはり創域理工学部の魅力だと思います。
研究を目指す人というより、これから大学生になる人全員へのメッセージになりそうですが、私は、大学や大学院の時代というのは、人生の中での大きな「余白」だと思っています。それは、怒られても大丈夫な期間、失敗してもいい期間、ということです。つまり、アルバイトであっても、恋愛であっても、勉強であっても、あるいは教授とのやり取りでも、なんでも自由にやっていい。それゆえにこの期間は、打算的にならず、降ってきた話には全部乗っかるぐらいの気持ちでなんでもやっていってほしいです。大学の4年間、大学院を含めたら6年間、そのような時間が持てるのは本当に一生ものの財産なので、そう思って大学時代を過ごしていってもらえたらと思います。またその一方で、大学は、世の中に出ている最先端の情報が集まるとともに、世に出る直前の種みたいなものがたくさん生み出される場所です。つまり、それが研究の世界です。そこに興味のある人は、ぜひ大学で、最先端のものに触れ、肌で感じ、また、自らそういうものを生み出していってもらえたらと思っています。
