電極で起きる反応を調べ様々な技術を作りだす―先端化学科 板垣昌幸教授に聞く―
板垣教授が専門とする電気分析化学は、電極で起きる反応について考える学問です。電極の反応について知るとはどういうことか。それはどんな形で私たちの生活とかかわっているのか。この分野の発展に多大な貢献を果たしてきた板垣教授に聞きました。
創域理工学部・創域理工学研究科では、異なる学科・専攻に所属する2つ以上の研究室が参画する教育・研究施策を独自に支援する「創域の芽プロジェクト」を実施しており、その一つとして「マイクロデバイスを用いた生物試料観察の教育」プロジェクトに関してお話を聞きました。
創域理工学部・創域理工学研究科では、異なる学科・専攻に所属する2つ以上の研究室が参画する教育・研究施策を独自に支援する「創域の芽プロジェクト」を実施しています。学問領域や学科という枠を越えた共創を後押しし、まさに「創域」の芽を育てるための試みです。その一つとして現在進行しているのが、生命生物科学科の政池知子准教授と機械航空宇宙工学科の早瀬仁則教授の両研究室によるプロジェクト「マイクロデバイスを用いた生物試料観察の教育」。生物の細胞や分子を研究対象としてきた政池准教授と、集積回路を作るための微細加工を専門にしてきた早瀬教授。これまで接点のなかった2人の教員が共創して実現しようとしているのはどのようなことなのか。政池准教授と早瀬教授に聞きました。
政池 知子(まさいけ ともこ) 2002年 東京工業大学総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。科学技術振興機構吉田ERATO博士研究員、学習院大学理学部物理学科助教などを経て、2013年より東京理科大学理工学部 応用生物科学科講師、19年より同准教授。2023年4月の学部改称により現職へ。2024年4月より東京理科大学総合研究院 老化生物学研究部門 准教授も兼任。
早瀬仁則(はやせ まさのり) 1997年 東京工業大学情報理工学研究科情報環境学専攻 博士課程修了。博士(工学)。その後、東京工業大学助手を務めた後、2005年より東京理科大学理工学部機械工学科講師。同学科准教授、同教授を経て、2023年4月の学部改称より現職。
政池:私は、生物の中でも特にサイズの小さいもの、すなわち分子から細胞くらいの大きさのものを研究対象としています。そうした細胞や分子の動きを主に顕微鏡を使って観察し、それらが働くメカニズムを解明することを目的として研究を進めています。例えば、喉から肺へと空気を通す気管には、繊毛という細かい毛が生えている細胞があります。ウィルスなどの異物が入ってくると、その毛が一斉に波打って、その上にある粘液を押し流すことで異物を口の方へと排出するのですが、繊毛はどのような環境下でよく動き、どのような環境下では動きが悪くなったり、抜け落ちたりしてしまうのか。またそのメカニズムはどうなっているのか。そうしたことを理解するために、生化学的操作や遺伝子工学の技術を活用し、さらに顕微鏡の技術を統合することで独自の観察を行っています。
政池:例えば繊毛の動きをしっかり観察しようとすれば、動画でいかにうまく撮影できるかが重要になります。そのためには、高速の撮影に適したカメラが必要になったり、ピントが合うようにするために細胞の上皮を剥いで観察したり、三次元で見るためには光学系を工夫したり、といったことが必要になります。そのように、生物試料の調製と顕微鏡の組み立ての両面で工夫をしていき、見たい現象を見えるようにするのが、広い意味での顕微鏡技術だと言えます。そうした様々な技術を駆使して観察を行い、観察した対象をよりよく理解することを目指して、日々研究を行っています。
早瀬:私の専門は、集積回路をつくるための微細加工技術です。集積回路というのは、半導体の基板上に、抵抗やコンデンサ、トランジスタといった素子として動作する構造を持つとても小さな電子部品です。この半世紀ぐらいの間に、集積回路はどんどん構造の微細化が進み、いまでは、数ミリ~1センチ四方ほどの大きさの基板上に何十万、何百万という数の素子が含まれるようなものになっています。
一方、集積回路上の素子同士をつなぐ配線の素材として、かつてはアルミが使われていましたが、2000年ごろから、アルミにかわって、よりメリットの大きい銅が使われるようになりました。それは銅めっき(=薄い銅の膜を表面に施す加工法)の技術の発達によって可能になったのですが、業界内ではちょっとした革命のような出来事でした。しかしいまなお、なぜめっきという方法で極細の溝の中に銅をしっかりと入れこむことができるのかは、はっきりとはわかっていません。そんな不思議さもあって、私はこのような微細加工に興味を持ち、銅めっきの技術をはじめ、この分野に関わる様々な研究を行うようになりました。
早瀬:そうですね、私の研究は、もともとは生物とは全く関係がありませんでした。しかし、銅めっきの研究を長年続けていく中で、マイクロ流体デバイスというものを活用するようになり、状況が変わりました。マイクロ流体デバイスとは、マイクロ流路と呼ばれるとても細い流路の中に液体を流すデバイス全般のことですが、私がそのようなデバイスに様々な溶液を流して実験をしていたら、あるとき、がん細胞の研究をしている先生から連絡をもらいました。血液中のがん細胞を選別するためにマイクロ流体デバイスが使えないかという相談でした。そして一緒に研究を進めることになり、マイクロ流路の中に小さな柱をたくさん立てたデバイスを作ったところ、その中に血液を流すとがん細胞が選別できそうだということが分かってきました。そのような経緯で、生命分野との関わりが深くなっていき、政池先生にも声をかけていただいたのでした。
政池:私の研究分野において基本的に必要となる技術に「溶液交換」というものがあります。例えば先にお話しした繊毛のような組織が、どんな溶液の中でどのようなレスポンスを示すのかを調べるために、組織を取り囲む溶液を交換する技術のことです。私は、溶液交換を容易かつ効率的に行うためのデバイスがほしいと以前より思っていたのですが、そうした時に、横断型コースの中の、私と早瀬先生が所属する「医理工学際連携コース」の発表会などで早瀬先生とご一緒するようになりました。そして、先生がマイクロ流体デバイスを利用して様々な研究をされていることを知りました。早瀬先生のお力を借りることができたら自分たちが必要としている溶液交換のためのデバイスが作れるかもしれない。そう思い、ご相談したところ快諾していただき、「創域の芽プロジェクト」の枠組みで一緒に研究を進めていくことになりました。2023年4月からの2年間のプロジェクトとして、現在進行している最中です。
早瀬:基本的には、政池先生が必要とされている溶液交換のためのデバイスを、政池先生の研究室で自ら作れるようになることを目指して取り組んでいます。そのために政池先生のところの学生さんにまず、機械加工、または微細加工と呼ばれる技術によってどんなことができるのか、自分たちでどのようなものを作れるのかを理解してもらえるよう、私の授業を半期受講してもらいました。医理工学際連携コース内で私がそのような内容の授業を担当していたので、それを受けてもらいました。その上で、実際にどうやって作っていこうか、ということをその学生と、政池先生と私とで話し、具体的な設計を進めていきました。
デバイスは、溶液交換を行えるだけでなく、その時に起きる変化を顕微鏡で観察できなければなりません。そこでまずは実際に顕微鏡を見て、その図面をもらって、デバイスの寸法をどうするかを考えました。焦点はこの辺りにくるから顕微鏡を入れるスペースがこのくらい必要だ、とか、試料の範囲はこれぐらいになるから、何ミリくらい顕微鏡が左右に動けなくてはいけないか、といったことを話し、寸法を決めていきました。そうして試行錯誤を繰り返しながら、いま、学生とともに設計図を描き進めています。まだトライアルの段階ですが、現状では下の図面にあるような形になりつつあります。
早瀬:設計図左は、デバイスを横からみたところです。まず観察したい試料(繊毛のある細胞など)を、ねずみ色の樹脂の下部にある細い流路に置きます。溶液は、左側の緑色の管から入って、流路を通って右側の緑色の管から出てきます。現状の設計図では、管が一本しか描かれていませんが、これを2本や3本にして異なる溶液を入れられるようにして、溶液交換できるようにする予定です。そして、試料に上から光を当て、下から対物レンズを入れて、溶液交換によって試料にどのような変化が起きるのかを観察します。
早瀬:図面は、コンピュータのソフトウェアで描くのですが、生命系の学生さんにとっては、相当新しい分野だと思います。そのため、一緒に話し合いながら、こんな感じでどうですかと私がコンピュータを操作して図を描いている感じではあります。その過程で、やり方を学んでいってもらっています。
早瀬:私のところの学生は、機械加工装置を使用する際に、インストラクター的に関わっています。設計が終わった後にデバイスを作る段階でも、いろいろと協力してもらおうと思っています。
政池:現状では、私の研究室の学生一人が、早瀬先生と先生の研究室の学生さんに教えてもらいながらデバイスの設計を進めているという感じですね。私のところの学生は修士1年で、普段は他のマイクロデバイスを使って別の実験をしているのですが、彼女にとって、今回のプロジェクトへの参加は、とても大きな学びの機会になっているようです。彼女からはこんな感想をもらっています。「微細加工技術の基本的な知識からデバイスの設計、作製まで丁寧にご指導いただいています。私の所属する専攻では扱う機会がない装置を沢山使用することができて、貴重な体験だと感じています」。これまで縁のなかった機械加工の技術を実際に自分で体感しながらデバイス作りを進めていることは、彼女の今後の研究にいろんな形で活きてくるのではないかと思っています。
政池:いま、溶液の流れに関して、少しうまくいっていない部分があるのですが、そういった点を解決して、溶液交換の量と速度を測るというところまで進められたらと思っています。つまり、実際に溶液を流し、流路のどの位置でどのくらいの速度で溶液が流れるかを測定したいと考えています。流路の高さ何㎛のところで目印となる微小ビーズの流れが何㎛/s、といった具合に定量的に流れの様子を知ることは、溶液交換においてとても大切です。その速度の違いによって、細胞の反応などが劇的に変わることがあるからです。溶液交換は、我々の分野ではなくてはならない手法なので、今回のデバイスがうまくできたら、とても汎用性のある装置になると考えています。
政池:私の分野は、正確には「生物物理」で、もともと分野横断的な側面が強くあります。学会に行っても何でもありの世界というか、生物と機械の境界のようなところの研究をしている人もいて、そもそも“創域だらけ”です。そのため私にとって、創域的な考え方はこれまでもずっと身近でした。共同研究もすごく好きですし、他の研究者とコラボレーションすると一人ではできなかったことができるようになるという経験も多くしてきました。創域理工学部という環境の中でも、ますますいろいろな共同研究をやっていきたいですし、学生たちにもその面白さや有意義さを知ってもらえるように、これからも積極的にそのような機会を作っていきたいです。
早瀬:生命系の分野ですと、大量のDNAやRNAの塩基配列を高速で読み取る「次世代シーケンサー」が近年、一大革新を起こしましたが、この装置も、微細加工で作られたデジタルカメラがなければできなかったはずです。日本は1990年代には電子立国などと言っていましたが、当時、電子デバイス屋さんと生命系の人が組むという発想はほとんどなかったように思います。また日本は、時計の開発も得意にしていたものの、この分野でも、心拍、血中酸素濃度、心電図といった生命系の情報との連動においてiPhoneなどに完全に出遅れてしまった。そういった例を思うと、私たちは、機械系と生命系のみならず、様々な領域において、異なる分野の融合ということをもっと積極的に進めていくことが大切だと感じます。創域理工学部には、そうした融合を実践しやすい環境があります。今後、日本でのそのような動きをリードしていける存在に、当学部がなっていけたらと思っています。